異世界の愛を金で買え!

野村里志

人狼の掟

 








「ダメだ、戦いにすらならなりゃしねえ」


 その集団の頭領らしき男が呟く。既に囲んでいた包囲網は散り散りになり、罠も悉く破壊されてしまった。


 この丘は元々あの人狼が好んで来ていた場所である。それだけにここの地形は誰よりも把握していた。そのため、事前に罠をしこみ、待ち伏せをしておいたとしても、どこにそれを用意するかの予想が容易にたてられたのである。


(襲撃が察知されている時点で、罠も奇襲もへったくれもない)


 人狼はまた一人その巨体によって跳ね飛ばす。銃弾すら跳ね返す硬度をもち、人間の何倍もあるその体はもはや現代戦車である。ただ相手を吹き飛ばしていくだけで戦意をくじき、戦闘不能にすることができた。


「撃て、撃てー!」
「ダメだ!速すぎて当たらない!それに……こうも暗くちゃ」
「なんであの狼はこっちの位置が正確に分かるんだよ!」


 予定は狂い、襲撃に来た男達の戦意はとっくになくなっていた。元々楽して美味しい思いができるということから集っているならず者達である。特に思想や執念があって集っているわけではない。したがって少しでも困難があるとわかれば、戦意を失うのは必然であった。


「もうダメだ!逃げろ!」
「バカ、背中を見せるな!」


 戦意を失い、逃げ惑う人間は最早狩りの獲物である。銃弾が来ないと分かっていれば人狼はまっすぐ追うことができる。そうなれば人間の足で逃げることなどますます不可能であった。


『銃を捨てれば命までは取らん!さっさと武器を置いて去れ!』
「ひっひいぃ!」
「助けてくれえ!」


 男達は次々に武器を捨て逃げていく。そして一度瓦解した戦線はもう戻ることはない。


「ちっ、バカが」


 頭領らしき男もその場を離脱しようと試みる。しかしその前にもう一人の人狼が立ち塞がった。


「て、てめえは……」
「ほう。狼の姿でも分かったか」


 男はすぐさま銃を構え、アゾフに撃ち込む。しかし狼の姿になったアゾフはいとも簡単に躱し、その男を吹き飛ばした。


「ぐあっ!?」
「奇襲ならともかく、目の前で銃を構えようとした相手に撃ち抜かれるほど、俺は弱くない」


 アゾフはじりじりと男に近づく。男はそんなアゾフを見てゆっくりと立ち上がると、ケタケタと笑い出した。


「何がおかしい」


 アゾフが問いかける。


「お前、そんなことして何の意味があるんだ?」
「何?」
「俺たちと組むしかないって言うのに」
「お前は俺を裏切った」
「だからどうした。俺たちが襲撃したことで、あの元族長とかにはお前が裏切ったことはバレちまっている。だとすればお前はもう俺たちと組む以外選択肢はない」
「ふざけたことを……」
「ふざけている?だがそれが現実だ。お前は俺たちと組むしか生きていくことはできない。だから……」
「もういい」


 アゾフはそう言って人間の姿に戻り、力一杯その男を殴りつける。男は意識をうしないそのまま倒れ込んだ。


「……もういいんだ」


 アゾフはそう言って丘の上を見上げる。もうほとんど終わったのだろう。丘の上で勝利の雄叫びをあげている白銀の狼が見えた。


「あいつ……何一つ咎めやしないじゃないか。お前を嵌めておきながら、命を奪っていたかもしれないって言うのに」


 アゾフは漏らすように呟く。


「俺はきっとあんな風に、なりたくて、なれなくて、それが認められなかったんだ。……せめて最後ぐらいは潔くあろう。あの男のように」


 自分に言い聞かせるようにそう言うと、ゆっくりと丘の上へと歩みを進めていった。






























「サゾー様、あそこです。丘の上です」
「様子を見る限りじゃ、無事に勝ったみたいだな」


 佐三はマトの背中からおりて、山のように抱えた物資を地面に置いた。帰ってくる道中佐三は賊連中の拠点を回り物資を拝借して、一部火を放ってきた。一部の拠点を残しておいたのは彼等が逃げる先を用意しておきすぐに村を襲わないようにするため、そして狼たちに手柄を残し、村人に信用させる材料を残しておくためである。


「あれは……アゾフ!?」


 マトは丘を登っていくアゾフを見つける。人狼もそれに気付いたようで、人間の姿へと戻っていた。


「いけないっ!?」


 アゾフが殺されてしまうと思ったのか、マトは今にも駆け出しそうになる。しかし駆け出す前に佐三に立ち塞がれ、首を振られてしまう。


「男同士の間に女が口を出すのは野暮ですよ」


 佐三は層だけ言うと、そのまま腰を下ろす。


「彼等には彼等の主張がある。そしてけじめの付け方も。それは尊重しましょう」


 佐三はそうとだけ言うと再び丘の上に立つ人狼を見る。


(さあ、お前はどうケリをつけるんだ)


 佐三は今、その男の値踏みをしていた。
























「アゾフ……」
「ベルフ……」


 お互い裸の上に外套を一枚だけ羽織った状態で対峙する。そんな様子がおかしかったのか、二人はお互いの姿を見て軽く笑った。


「久しぶりにあの姿になったせいか、服を脱ぐのを忘れてしまっていた」
「俺もだ。久しく狩りに出ていない。……人間達との折衝が忙しくてな」


 アゾフの言葉に人狼は笑うのをやめる。そして真剣な表情でアゾフの顔を見た。


「言いたいことはあるか?」
「……ない」
「……そうか」


 そう言うと二人はしばらく黙り込んだ。ただお互いをみつめ、そして最後であろう二人の時間を存分に味わった。


「この村の長、その掟をお前は忘れてないよな」
「ああ」


 アゾフはそう答えると外套を脱ぎ捨てる。


「人狼には三つの姿がある。一つ目は人間の姿、これは生活において使うべし」
「……二つ目は狼の姿、これは狩りにおいて使うべし」


 二人は掟を声に出しながら、呼吸を合わせる。


「「三つ目は人狼の姿、これは誇りを賭けた戦いにおいて使うべし」」


「最も強き者こそがこの村を守り」
「長としてその任を果たすべし」


 その言葉が合図だった。


 アウォォォォオン!!
 アウォオオオオオオオン!!


 二つの遠吠えが森を突き抜ける。二つの影が姿を変え、半人半獣の姿へと変わっていった。


 体躯は人間の二倍程度、骨格は人間で顔は狼。かつて人間達と争ったとき、人狼と恐れられたその姿である。


 人間の器用さと、獣の俊敏さ、その両方を併せ持ったその姿は戦闘の場に置いてこそ力が発揮される。その姿は優美で、力強く、そしてどこまでも恐ろしかった。


「勝負だ!殺す気でかかってこい、アゾフ!」
「いつまでもお前が上だと思うなよ、ベルフ!」


 激しい叫び声がこだまし、血で血を洗う戦いがはじまった。















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