異世界の愛を金で買え!

野村里志

疑念

 










「あのお客人はもてなさなくて良いのか?」
「ん?ああ、どうやら色々見て回りたいそうだ。ほっといて大丈夫だよ」


 そう言って人狼は果実で作られた酒を飲む。久々にいれる故郷の一杯は格別の味であった。


「しかし人間とは……。お前も変わったものだな、ベルフ」
「そう言うな。俺も仕方なく連れてきたんだ」


 たき火を前に二人は楽しそうに食事をしている。佐三は特に二人の話に加わるでもなく、村の様子を観察していた。現族長もはじめは佐三の相手をすることを考えていたが、必要ないと言われて今に至る。


「そういえば村の皆はどうしているのだ?先程から姿が見えないが……」
「ああ、狩りに行ってそのまま水浴びでもしてから帰ってくるのだろう。最近ではこの森での獲物も少なくなってしまって、遠出をしているんだ。明け方頃にでも帰ってくるだろう」
「そうだったのか……」
「本来は俺も一緒に行くはずだったが、お前が帰ってくるかもしれないと風の噂で聞いてな。それで残った。しかし本当に現れるもんだから驚いた」
「まったく、わざわざそこまですることはなかろうに」
「何言っているんだ。親友のため、それぐらいはするさ」


 二人は笑いながら酒を飲む。


「そういえば、マトは?」
「さあ、さっきまではこの辺りにいたはずだが……。何か気になるのか、ベルフ?」


 その質問に少し神妙な面持ちで人狼は答える。


「どうも様子がおかしかったんだ」
「おかしい?」
「帰れとか言ったり、顔も見たくないとか」
「………」
「何か、心当たりはないか。アゾフ?」
「……無いわけではない」
「何だ?」


 神妙な面持ちでそう答える現族長に人狼は尋ねる。


「ベルフ、お前に言わなきゃならんことがある」
「何だ?」
「実は……」


「俺とマトは、つがいになっているんだ」


 その言葉に、人狼はただただ固まることしかできなかった。
























(洞穴か何かにすんでいるのかと思いきや……意外と人間みたいな暮らしをしているんだな)


 佐三は森の中にあるその村に簡易ではあるものの家が並んでいることに驚いた。


(屋根には……見たこともない植物か何かを乾燥させて使っているのか?まあ住居はその土地の地理的条件がふんだんに活かされているんだろうし、多分合理的なんだろう)


 佐三は二人の様子などそっちのけで村を見て回る。ニーズを理解するためにもその土地柄を理解することは非常に重要であった。


(しかし家の数の割に使われている形跡のある家は少ない。死亡か、移転か、もしくは別に理由かは分からないが少なくともいくらか人数が減ってはいるみたいだな)


 すると後ろから人の気配が感じられ、声をかけられる。


「あの……」


 佐三は声をかけられ、後ろを振り向く。すると先程いた女性の人狼が立っていた。


「あなたは、マトさん……でしたか?おっと、失礼。この村では親しい人以外に名を教えないのでしたね」
「いえ、結構です。私としてもベルフを助けてくれた恩人に、名を教えぬという不義理を果たしたくありません」


 マトは先程の剣幕が嘘のように頭を下げた。


「それで、どういった御用件で?」


 佐三が質問する。マトは少し躊躇いながら話し始めた。


「あの……貴方様はどういった御用件でこの村を訪れたのでしょうか?」


 佐三は意図をはかりかね、言葉を選びながら返答する。


「どういった……と言われれば難しいですが、あの人狼をこの村に返すためですかね」
「何故?何のために?」
「何故と言われますと、難しいですね。ただこの村に恩を売って、将来何かの商売ができないか考えていることは事実です」


 佐三はオブラートに包みながら自分の下心を説明していく。嘘ではないが、全ては内包していない。それが嘘をつく上では非常に重要であった。


 佐三の考えの中では彼等を徹底的に利用することまで可能性に含めている。佐三にとっては周囲はあくまで利用するためのプレーヤーであり、それ以上でもそれ以下でもないのだ。


(しかし彼女の様子から見るに、どうも懸念していることがずれている気がするな)


 佐三は佐三の話を聞いて考えているマトを観察する。彼女の視線から察するに、それは胡散臭いというより何か特定の敵かどうかを判断している様子であった。


(引っかかるな、この女)


 佐三は頭をかきながら、いくらかの情報を整理する。


 あの人狼、おそらくはベルフというのだろうが、彼は元々はここの族長で彼女とは恋仲にあるようであった。勿論そんな話を彼から直接聞いたわけではないが、村に待たせている女というのはおそらくこのマトであるということは佐三にもわかった。


 そしてアゾフという人狼、自分たちを迎えてくれたあの人狼が元副族長であったのだろう。だからベルフがいなくなったことで彼がその座を引き継いだのだ。


(ここまで来れば、火をみるよりも明らかだな)


 佐三はこれまでの経緯を思い出す。武装した男が十人束になっても、勝てない人狼。それが捕らえられ売られていたという事実。不可解な襲撃に敵対的な態度をとるマトという女性。分からない方が不思議であった。


 マトがじっと佐三の方を見つめている。どうしたら良いのか、どこまで信用して良いのか。分かりかねている様子であった。


「前回……彼はどうやって捕まったのですか?」


 佐三がマトに尋ねる。


「わかりません。ベルフは人間に襲撃をかけるときは、付いてくる人がいないよう誰にもそれを教えませんし、しかもその時皆は狩りに出かけていて、捕らえられたことも後になって分かりました」
「狩りは皆で行くのが普通なのですか?」
「はい」
「何故?誰かが盗みに入ってくるかも知れませんよ」
「その心配はありません。この森は深く、人狼を敵に回そうとする相手もほとんどいません。ただ……、ベルフがいなくなってから人間達による森の伐採が大きく進んでいることも事実です」
「調子づいたわけか」
「はい。何度か襲撃することを提案しましたが、アゾフ……現族長が危険だと言って拒否しました。」
「しかし森が減れば獲物も減るでしょう?」
「それはアゾフが人間達の家畜を奪ってくることで解決しました」
「なるほど、ある意味一石二鳥だな。それで人間達は森の伐採はやめたのか?」
「いえ、今も続けています」
「成る程ね」


 佐三は遠くに見えるたき火の横にこしかけている二人の方を見る。なんとなくではあるが、そのアゾフと呼ばれる現族長の視線を感じた気がした。


(おそらく、この程度の距離であれば人狼は言葉も聞き取れるだろう)


 佐三は顎に手を当てて、更に考えを進める。


(食糧の獲得、そのパイプラインを確保しているのであれば支持は得やすいか)


 リーダーシップは何も個人の特性に依るものだけではない。状況や条件、正当性など様々な要件によって成り立つ。佐三はそれをよく理解していた。


「あの……」
「ん?」


 マトは何か言いたそうにして、話すのをやめる。どこまで信用して良いのか、それを考えているのだろう。しかし佐三はその態度で十分な情報を得られていた。


「大丈夫ですよ。心配しないでください」
「えっ……」


 佐三はそう言ってにっこりと笑う。それはあの人狼を案じてのことに違いない。佐三はそれを理解していた。


 しかしそれ以上ではなかった。理解はするが、望み通りにふるまうわけでもない。佐三はあくまで、自分にとってもっとも利がある選択肢を選ぶのである。それが経済学における個人の基本原理であり、資本主義者たる所以ゆえんなのだから。


(さて、どうしたものかな)


 その笑顔とは裏腹に自分にとって一番の道を佐三は胸中で模索していた。





















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