異世界の愛を金で買え!
得られたもの
「はい、まいどどーも」
「こちらこそ。いつもお世話になります」
佐三は品物を受け取り、礼を言うとその場を後にする。最近ではもはや村長の代わりに王都まで使いにくることが多くなった。佐三は歩きながら乾いた笑みを浮かべた。
信頼されたことはありがたいことだが信頼と危機管理は別である。経営者としての佐三からしてみれば、曖昧な心理上の信頼などというものはリスクの回避にはならない。どんな忠犬であっても飼い主を噛むことはある。それを理解することがリスク管理なのだ。
(どいつもこいつもバカばかりだ)
勿論、佐三はこの程度の銀貨をもって高飛びをしようなどとは思ってない。欲が無いわけではない。そんなしょうもない額で恨まれたくないからである。
佐三はつい先程手に入れた銀貨を見る。今懐にある銀貨の枚数と合わせれば300枚はある。小屋に隠してあるものを含めれば600弱、今この300を元手にいくらか商品を調達して村で売れば全部合わせて700を超えそうではあった。
(さて、じゃあ何を仕入れますかね。春になって実入りも増えてきているだろうし、いくらか贅沢品でも……)
そんなことを考えていると不意に先日のことが思い出される。少年が泣き、佐三がそれを怒鳴りつけたあの夜のことである。あの日以来少年は佐三の元に来てはいない。きっとどこか一人で泣いているのだろう。佐三はあの弱々しい少年の泣き声を思いだし、一層苛立ちが増していた。
(クソ……)
佐三は軽く頭を振り、イメージを消す。弱い人間はいつだって見ていて腹が立つ。それは弱いからではない。弱いことを受け容れているからである。自分に代わりがいて、自分が必要とされない、そんな状態を受け容れていることが佐三にとっては苦痛にしか思えなかった。
人間の力関係において必要性と代替性がその序列を決める。そして弱ければ従うほかなく、苦痛や悲しみすらも押しつけられる。勝者の下らない快楽のためであったとしても。
佐三はふと王都にいる人々に目をやる。様々な人が入ってきてはいるが基本的にその身なりは上級のものである。少なくとも寒い小屋で震えながら寝てはいないし、味のしないスープを飲んでもいないだろう。そもそも入るのに銀貨10枚を要求されるのだ。貧しい人間が入れる場所ではない。
それに佐三はこの王都の商店の原価率がどの程度のものであるのかよく知っていた。基本的に田舎町から品物を運ばせ、それを安く買いたたく。そしてその安い材料を元に、その原価の何倍という値段で品物を売っているのだ。利益が出て当然である。
そしてそれを支えているのが王都のシステムと商人ギルドである。ギルドの会員でなければ商売はできない。したがって競争システムや自由市場の原理などは働かず、値段は一向に下がらない。もっともここにいる連中も基本的には金持ちなのだから問題ないのであろうが。
(どいつもこいつもバカばかりだ……)
佐三は再び心中で呟く。村の人々はこの現状を見に来たりはしない。ただ村長に任せて楽をしている。
だからこそ気付かない。自分たちと彼等が如何に違うのかを。
税を取られ、賊からも守られず、その上ここまで違う生活をしているというのに、村の連中はそれを仕方ないとして今日も生きていくのだ。
大切なものなど何一つ守れず、さらに弱い人間を痛めつけて、今日も楽しく生きているのである。
佐三はふと足を止める。このまま少し進めば目的の店がある。そこでいくらかの品物を仕入れ、村で売れば村での仕事が終わる。佐三はそれをよく分かっていた。
しかしそれ以上足を進める気にはならなかった。少年の顔がよぎる。佐三は腹がたって仕方なかった。
ふと見ると通りの向こうに傭兵の斡旋所が見えた。この世界の治安レベルを鑑みればあって当然の仕事である。
佐三は馬車が来ていないことを確認して通りの向こう側へと渡った。
「行ってしまうのかい?」
ふと振り返ると村長が立っている。
「みんな急なことで驚いているだけだ。私がきちんと話すから、そしたらきっと……」
「いいえ、村長。私が勝手にしたことですから」
佐三はそう言って首を振る。村長はどこか寂しそうな表情をした。
佐三がしたことはいたって単純であった。有り余る金で傭兵を雇い、この村にちょっかいをかけていた賊を追い払った。それだけである。
普通に考えればヒーローだが、話はそう単純ではない。
村の人々は報復を恐れたのである。傭兵は賊の集団を追い払ったが、討伐したわけではない。そもそも全員残らず討伐するのはそう簡単な話ではないのだから仕方がないのだが。いずれにせよ一部の賊は生き延びて、どこか遠くへ逃げていったのである。勿論この辺りに帰ってくるとは限らないが、村人達はそんな仮定を恐れて佐三に詰寄った。
「余計なことをしてくれた」と。
確かに賊に搾取こそされていたが、かの賊はこの村を絞り尽くすまではしていなかった。だからこそ村人達はどこか安寧を感じていてもいたのだ。最低限渡せば生きていけると。そんな保証はどこにだってありはしないのに。
少年の話をすると、一応少年の慕っていた娘は奪還できた。売られはせず、賊のもとで働かされていたらしい。
ただその心は既に壊れ、時々突発的に何かを思い出しては震えだし、発狂している。PTSDの一種であろうか。年頃の娘が賊の元でどんな扱いを受けてきたのか、その状態をみるだけでも想像に難くない。
人間は自分より弱い相手に対して時にどこまでも残酷になることがある。それがたとえ同じ人間だとしても。
佐三は村長に礼だけ言うと、そのまま歩き出す。もうこの村に用はない。弱い人間も、変わることができない人間にも顔を合わせたくはなかった。
風が吹いている。少し遠くには村が見えた。
「そう簡単に生き方は変えられるもんじゃないし、変えたいとも思わないな」
佐三は冷めた目をしながら、ぽつりと呟いた。
その時だった。
「サゾウ!」
「ん?」
振り返るとあの少年がいた。
「どうした?」
「…………」
少年は何も言わない。怒っているのだろうか。それとも戸惑っているのだろうか。自分が慕った娘は見る影もない。どこからか来た異邦人も、この村を去ろうとしている。突如として少年の味方はいなくなったのだ。無理もない。
この少年はどうなるだろうか。佐三は一瞬そんなことが頭をよぎったが、すぐにどうでも良くなった。彼は彼の人生を歩むのだ。そこまで干渉する義務も権利もない。
「……行っちゃうの?」
「ああ」
少年が聞いてくる。
「どうして?」
「そりゃ分かるだろ。村の人々はカンカンだ」
「だからって……」
「それに」
佐三が続ける。
「俺は弱い連中が嫌いだ」
佐三の言葉に少年は黙る。佐三はそれを見て立ち去ろうとする。すると少年が全速力で走り拳を振り上げた。
「うわああああああ」
佐三はその少年の拳を躱し、思い切りその頬を殴りつける。大人と子供、それに栄養状態も違う。佐三は王都に行くたびにきちんと食事を調達していた。
「うわあああああ」
少年は立ち上がりまた殴りかかる。力と聞いて暴力に訴えているのか、はたまた自棄なのか。いずれにせよ、佐三はその遅い動きをゆっくりといなしながら着実に拳を打ち込んだ。
いくらか殴られた後だろうか。少年が息も絶え絶えに佐三にしがみつく。佐三は何を言うわけでもなくその少年を突き飛ばした。
「はあ、はあ、はあ、はあ」
少年の息が荒れている。佐三はそのまま立ち去ろうと歩き出す。すると懐が軽くなっているのを感じた。
「これが欲しかったら、僕を、殺し……」
少年は息絶え絶えに言う。佐三の銀貨が入った袋を胸に抱えながら。
佐三はゆっくりと近づき、その袋を取り上げようとする。しかし少年は異常な程の力でそれを抱え込んでいた。
少しした頃だっただろうか。少年が口を開く。
「ねえ……」
「なんだ?」
「一つだけ教えてよ」
「嫌だね」
「じゃあ、この袋は返さない」
佐三はその言葉を聞いてふっと笑う。それならば仕方がないと佐三は答えることにした。
「……わかった。何が聞きたい?」
少年がきいてくる。
「僕も、変われるかな?」
「…………」
「僕も、強くなれるかな?」
しばらくの沈黙が続く。佐三は大きく息を吐き、一拍おいてから答えた。
「……なれるさ」
「え?」
佐三が続ける。
「必要とされて、他に代わりがいない人間になれ。そうなれるように努力しろ。そうすればきっとなれる」
「本当に?」
「ああ」
「こんなに弱くても?泣いてばかりでも?」
「暴力は力の一要素に過ぎないし、泣いていることは強さとは何の関係もない」
「…………」
「好きなだけ泣けば良い。堂々と泣けば良い。それは決してお前を弱くしたりしない」
「うっ、うっ……」
佐三がそう言うと少年は大声で泣き出す。静かな空の下、どこまでも響くような泣き声で。
「サゾウ、行かないでよ!サゾウ!」
佐三は何を言うわけでもなく少年から袋を取り上げ、歩き出す。
まったくもって経済的に非合理なことをしてしまった。多くあった銀貨は半分以下になり、何一つ実入りはなかった。得られたものといえば村人達の反感と、このやかましい泣き声だけである。しょうもない額どころか、赤字を出してまで村人達の反感を買ってしまった。
「……まあ、いいか」
佐三はそう言って少しだけ振り返り、再び歩みを進める。
その佐三を送るように、少年の泣き声が響いていた。
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