異世界の愛を金で買え!

野村里志

閑話 欲と夢と真実と











 町の広場。政庁前のその場所では少しばかりの人だかりができていた。


「おお~、フィロ様ご無事でしたか!」
「処刑されると聞いて気が気ではありませんでしたぞ」
「ありがとう。皆も無事で良かったわ」


 フィロを連れて町に帰ると、王都から招聘した学者達は既に町についていた。元から親交のある学者達はフィロが町に来たことをしり、挨拶に来ていた。


「ずいぶんと人気だな」


 脇で見ているベルフが漏らす。およそ三日間、休み休みとはいえ二人を乗せて走ってきたベルフは既にクタクタであった。


本来であればさっさと政庁に戻り、ベッドに潜り込みたいところではある。しかしいかんせんここ数日で泥や汗で汚れきってしまっている。臭いもするだろうし、うかつに入っては猫族の従者達はいい顔はしないだろう。そのため今着替えを取りに行ってもらっているのを二人は待っていた。


「まあ、恩義があるからな。……といっても、彼等はそれだけが理由じゃなさそうだが」


 佐三が疲れた顔をしながら答える。学者のオヤジ達の鼻の下は伸びきっており、フィロの言うことならなんでも聞いてくれそうな様子であった。


「まあ、この世界での学者の地位なんてそんなに高くないみたいだからな。優秀な人間は官僚か神官になるみたいだし。それを支援してくれて、なおかつ敬ってくれさえする美女がいれば、こうなるのも無理はないだろう」
「……まあ、なんでもいい。それよりも腹が減った」


 ベルフは佐三の隣に座り込む。かなり無茶をさせてしまった。佐三は相応の報酬は出さなきゃならないと感じた。


「ところでだ、サゾー」
「何だ?」


 ベルフが質問する。


「あの女がもっていた、あの呪いのような力はなんだったんだ?」
「ああ、それか」
「何だ、何か分かったのか?」


 ベルフが佐三を見上げながら聞いてくる。佐三はフィロの方を見ながら、「あくまで仮説だが」と付け加えた上でゆっくりと説明を始めた。


「多分、フェロモンか何かだと思うんだよな」
「フェ……なんだって?」
「難しい話はおいておくが、多分嗅覚にうったえかけるものだと思うんだ」


 佐三が自分の考えを説明していく。


「あくまで俺のもつ科学観を前提として話を進めるが、人の意識に何か働きかけるには脳、つまりは頭に影響を与えるしかない。ウィルスとか寄生虫とかそういうのもありえるが、にしては効果が出るまでが急すぎる。だから何かしらの感覚神経に作用して催眠だか何かしているんだと思ったんだ」
「……あまりよく分からんが、とりあえず続けてくれ」
「俺に効かなくてベルフに効く、となると嗅覚か聴覚が候補に挙がる。触ってないから触覚ではないし、ベルフや他の獣人より俺の方が視力は良いからな」
「確かにな。視力とずる賢さに関しては、サゾーに譲るところがある」
「……まるでそれ以外は勝っているみたいな口ぶりだな」
「ははは。まさか」
「………」
「………」


 佐三は黙ってベルフに蹴りを入れる。しかしベルフは座ったまま佐三の脛に器用に肘をあてた。佐三は脛を抑えながらしばらく悶絶する。


「不意を突いたって勝てるわけないだろうに。サゾーは頭は良いが学習はしないな」
「……うるせえ」


 佐三はそう言うと話を続ける。


「話を戻すと、要は嗅覚にうったえかける何かで人々を操っていたのではないかと俺は見ている。まあ匂いで命令するというよりは、相手を魅了して言うことをきかせているとかだと思うが」
「んー、じゃあ森で力が使えなかったのは?」
「多分栄養状態とか健康状態、もしくは精神状態に関係しているんだと思う。まあこれから休ませてみて試してもらおうとはおもっている」
「成る程ね」
「まあ、正直わからん。多分合っている可能性は限りなく低い」


 佐三はベルフにそう言うと隣に座り込む。すると学者の一人がトコトコと佐三達の方へ歩いてきていた。


「失礼、よろしいですかな」
「ああ、こちらこそ座ったままで失礼しました」
「いえいえ、佐三様も疲れておいででしょう。そのままで大丈夫です」


 そう言って学者の老人は佐三を座らせたまま話を進める。


「佐三様、今ひょっとして『夢魔』の話をなされていましたかな?」
「『夢魔』?聞き慣れない単語ですね」


 佐三が聞き返す。


「正しくは夢魔病の患者のことを指す俗称です。何でも人を操る能力があるとか」
「……それは気になりますな」


 佐三の言葉に学者の老人は話を進める。


「人間に限らず、他の生物や獣人の間でも希に存在するそうです。異常な程に異性を魅了し、果てには意識さえも支配するものが」
「それがフィロであると?」
「いえ。私はフィロ様がかような症状を患っているとは知りませんでした。盗み聞きして申し訳ないのですが、フィロ様はその力を完全に操っている様子。そのような事例は私もしりませんでした」
「成る程。参考になります」
「いえいえ。……それとできればこの話はフィロ様にはご内密にお願いします」
「?それはどうして?」


 佐三の言葉に学者の老人はばつが悪そうにこたえる。


「これは基本的にある種の精神的衝撃によって引き起こされるものとされています。おそらくは、お父上の……」
「……そうか。わかった、黙っておく」
「はい。お願いします」


 学者はそう言うとフィロの方に振り返る。フィロは皆に挨拶をして、ハチに案内されながら政庁へと入っていった。そして多くの学者達が、それに手を振って見送っていた。


「はは。微笑ましいな」
「はい。浅ましい限りです」
「おいおい、そこまでは言っていないぞ」
「いいんです。学者というものはどこかそういう部分はありますから」


 老人は笑って続ける。


「私だってフィロ様に会いに来ておきながら、興味がある話が聞こえてきた途端、いてもたってもいられなくなりました」
「それで俺に聞きに来たと」
「はい。その通りでございます。好奇心や真実を知りたいといった欲にどこまでも忠実なのが学者です。少し折り合いが付けられるのならば、きっと官僚や神官といった体制側にまわれていたでしょう」
「……ひょっとして王都でも都合の悪いことを指摘して冷や飯を食らった口か?」
「はい。そこをフィロ様に拾ってもらった口でござます」


 そう言うと老人はうれしそうに笑う。また変わった連中を引き取ってしまったものだ。佐三はそう思った。


「サゾー、着替え持ってきた……」


 丁度その時、イエリナがやってくる。誰もいないと思ったのだろう。途中で学者が隣にいるのに気付き、あわてて口調を直した。


「はじめまして。この町の長のイエリナです」
「いやこちらこそはじめまして。私は……」


 二人が話し始めているところを佐三とベルフは着替えだけ受け取って歩き出す。早く身体を流してベッドで寝たい。それが二人の共通の意見であった。


「そういえば佐三様」
「ん?」


 歩き始めた佐三に学者の老人が声を掛ける。


「さきほど夢魔の影響を受けるかどうかの話をしていましたが、私たちの研究で1つだけわかってることがあるんです」
「ん?なんだそれは?」


 佐三は少し興味が出てきたので聞いてみる。ベルフは興味なさげに先に歩き続けていた。


「睡眠です」
「睡眠?」
「はい。よく寝ている人ほど、影響を受けにくいのだとか」
「……なるほどね」


 佐三はそう言って学者に手を振り、ベルフの方へと早足で歩いて行く。学者はどこかうれしそうに佐三を見送った。


「なあ、ベルフ」
「何だ?」


 佐三が質問する。


「フィロを初めて捕まえたときの前日って、お前何してた?」
「いつも通り食って寝てたな」
「あのときってお前もフィロに操られていなかったよな」
「ん?まあ、一瞬でフィロの意識を奪ったからな」


 佐三は少し黙って質問する。


「じゃあ二回目。その日の前日の夜はなにしてた?」
「なんだ急に?捕まえたフィロの警備のために一晩中見張ってただろ?だから朝一でお前を起こしに行ったじゃないか。あの女が脱走したって」
「……なるほどね」


 佐三はそう言うとそれ以上は何も言わない。きっと俺が特別だったのだ。グースカ寝てたから効かなかったわけじゃない。そう信じることにした。


「なあベルフ」


 佐三が話す。


「今日は好きなもの、食べて良いぞ。あと早く寝ろよ」
「……何だ、気持ち悪い。いつもなら経費だ、残業だって……。サゾー、お前何か隠しているな?」


 ベルフは佐三への追及をはじめる。しかし佐三は何食わぬ顔でシラを切り続ける。




 もう少し従業員の三大欲求への配慮を考えておこう。佐三は少しだけ反省した。











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