異世界の愛を金で買え!

野村里志

逃避行









 二人が身を寄せ合い、話している最中、不意に佐三が立ち上がった。


「どうしたの?」
「静かに」


 寒い大陸の風に吹かれながら、佐三が小さい声でフィロに声を殺すように促す。


「……何か見つけたの?」
「遠くにうっすらと明かりが見える。追っ手である可能性が高い」


 佐三は木の陰から明かりの方を見る。遠くてよく見えないが、どうやら人間以外に獣人も連れているようであった。


(風下だったからか、それとも普通の獣人はベルフほどではないからか。いずれにせよ危なかった。気付くのが遅れていたら、こちらは見つかっていた)


 佐三は立ち上がり、フィロに手を差し伸べる。フィロは何を言うわけでもなくその手を取って立ち上がった。


「辛抱しろ。歩くぞ」


 佐三が話しかける。フィロは少しだけわざとらしく不機嫌そうに答える。


「……そこは『大丈夫か?』と心配するところではなくて?レディへの配慮が足りなくてよ」


 しかし佐三は時に気にする様子もなく返答する。


「生憎俺は男女共同参画社会に忠実な男だ。男女差別はしない」
「でも区別は必要じゃないかしら。女心に理解を示さないのも考えものよ?周りの人に言われないの?」
「…………」
「言われるのね?」
「……ほっとけ」


 フィロはどうやら図星らしいと分かったのか少し楽しそうに微笑む。逃げ切れる可能性なんてほとんどないことぐらいフィロには分かっている。自分の体力的状況、母の性格や能力、どれをとっても絶望的であった。


 しかしそれでも今自分の手を引く男には興味があった。何故自分を助けようとするのかは分からない。自分の容姿に惹かれたとしても、わざわざ命までは張らないだろう。この男はそういった意味でこれまで見てきたどんな男性とも異なっている。


(どうせ、捨てるつもりだった命。どうせならこの人に手を引かれるまま、生きてみるのもわるくないかもしれないわね)


 フィロは少しだけ自分の足取りが軽くなるのを感じた。












「まずいな。明かりの数が増えている」


 佐三は歩きながら周囲を確認する。先程まで見えていた明かりは徐々に増え、今では既に3つ4つ見えている。


「ローラー作戦をやられたか……」
「ろーらー?なんのこと?」
「一定の間隔で班を設置して、その距離を保ったまま同じ方向に進んでいく作戦だ。今回は同じ方向というよりは森の端の方へ行くにしたがって間隔を狭めていっている。わざとらしく明かりをつけて歩いているのは俺たちを追い込むためか」
「……どうするの?」


 フィロが聞いてくる。


「本来ならどこかで網の目をくぐるべきだろうが、獣人の探知範囲がどの程度なのか俺には分からない。それにここまで来ると間を通り抜けるのは現実的じゃないだろう」
「じゃあ……」
「だが手は無いわけじゃない」


 佐三が話す。


「非現実的な力に頼るのは不本意だが、君のその力で、誰かを操れるか?」


 佐三がフィロに聞く。しかしフィロは少し申し訳なさそうに首を振った。


「……できない」
「できない?」
「正確にはできなくなった。といったところかしら」


 佐三はもう少し詳しく聞くことにした。


「どういうことだ?」
「この力は、私でもあまりよく分かっていないの。でも、王都に連れてこられてから徐々に力が弱くなっていくのを感じた。多分自分の心の部分と影響しているのだと思う」


 佐三はそれを聞いて、少し考える。彼女の力、それがいったいどういうものであるのか新しいヒントを得た気がした。


(しかし今はそれについて考えている場合ではないな)


佐三は「わかった。別の方法を考えよう」とだけ言って再び歩き出す。フィロは少し気になって佐三に質問することにした。


「……失望した?」
「ん?何をだ?」


 佐三が聞き返す。


「能力が使えなくなって。助ける意味も、無くなったのではなくて?」


 フィロはそう言いながら佐三の様子をうかがう。しかし佐三から特に気にする様子もなく淡々と返事をした。


「別に最初からそんな魔法みたいな力に過度な期待はもっちゃいないさ」
「でも……」
「組織作りの肝は個人のカリスマや特殊な能力に依存しない設計をすることだ。それに……」


 佐三が続ける。


「俺は別にあんたを働かせようとか、そんな打算的な目的で動いているわけじゃない。あくまで俺がそうしたいから来ているんだ」


 佐三は「まあ働いてくれるなら、ありがたいがな」とだけ付け加えて、再び彼女の手を取り歩き始める。明かりは徐々に近づいてくる。既に見える明かりは5つになっていた。


 不意に一番近い明かりが止まる。佐三は瞬時に「まずい」と判断した。


「走るぞ」
「え?」


 佐三はフィロの手を引き、走り出す。しかし明かりの動きが速くなっていることに気付いた。


 おそらく獣人の一人がにおいを嗅ぎ取ったのかも知れない。すくなくともなにかしらの手がかりはえているはずだ。


 二人は明かりから遠ざかるように走って行く。しかししばらく走ったところで、佐三が不意に走るのをやめた。


「どうしたの?」


 フィロが聞いてくる。


「まったく見事なもんだ」


 佐三はおもむろに懐から短銃を抜く。そして少し先の木へと撃ち込んだ。


 バアンという銃声が響く。するとその木の裏、そして周囲の死角からぞろぞろと武器をもった人達が現れた。


「ローラー作戦と思いきや、その実は追い込み漁ってか?明かりを付けた連中で俺たちを目的地へと追い込み、明かりを持たない精鋭部隊で取り囲む。いやはや、脱帽するね」


 佐三はそう言いながら短銃に次の弾をこめる。銃の構造上連射はできない。誰がリーダーなのかを見定める必要があった。


 しかしその思惑は見事打ち砕かれる。銃声がなり、佐三の短銃がピンポイントで打ち抜かれ、脇へと転がっていた。


「ずいぶんな精度だな」


 佐三は撃たれた方角を見る。猟銃をもった男が静かに此方を見ていた。


 王都の近衛兵などではなく、実戦経験を積んだ特殊な部隊なのだろう。王都の銃兵なんかよりも、漁師の方がよほど実力者だ。人選が的確である。佐三はそう思った。


「銃は不用意に撃つものじゃないわ」


 女性の声がする。


「弾込めの隙を狙われてしまうのだから、撃つときは必ず仕留めなくてはいけないのよ」


 女はそう言うと猟銃をもった男を下がらせる。彼女がこの集団のトップである。そして隣にいるフィロの様子から、彼女が何者であるのかがすぐに分かった。


「お初にお目にかかります。王妃殿下」


 佐三はしきたりに従い、膝をつく。しかしその目はその王妃、そしてその他の男達からも離してはいなかった。


「王妃自らの御出立とは、危険ではありませんかね?」


 佐三の言葉に、王妃はゆっくりとした口ぶりで応える。


「重要な任務であれば、長は自ら陣頭に立って指揮をとるものです」
「……違いない」
「それに私が直接この目で見届けなければ、部下が買収される可能性もあるでしょう?それに人一人殺めてもらおうとするのに、私が陣頭に出なければ無責任だわ」
「まったくもってそおっしゃるとおりで」


 佐三はそう答えながら王妃をみつめる。




「こいつは手強そうだ」


 佐三はそう呟いた。











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