異世界の愛を金で買え!

野村里志

突入作戦

 








(確か……クラウゼヴィッツだったかな?防御の方が攻撃側より圧倒的に有利だと記していたのは)


 佐三はぼんやりとそんなことを考えながらベルフの背中につく。ベルフは大きな斧を手にドア前の位置についた。


「サゾー、行くぞ?」
「ああ」


 佐三の言葉を皮切りにベルフが斧を振り上げドアに叩きつける。その人間を遙かに超えた膂力は一撃でドアを貫き、後ろの家具にまで刃が届いていた。


 この突入が極めて無謀で、非常に危険であることを佐三は重々承知していた。現代でも機動隊は十分な装備と十分な訓練を積んだ上で行う。しかしそれでも殉職者が出ることがあるのだ。


 それに対して今回集められた従者達は突入の訓練を受けてはいない。室内戦の想定もだ。室内において獣人達は自らの武器であるその俊敏さを活かすこともできず、普段使い慣れていない短刀で戦わなければならない。


 しかしこうした無茶とも思える決断も、佐三はとらざるを得ないと感じていた。理由は二つで、一つは時間的制約、もう一つは手段の制約からである。彼女の能力は未知数だが、放っておけば町全体に被害が出る可能性がある。それも甚大な。今対処する必要があるのだ。


 そして突入以外の他の手段もとることはできない。例えば娼館に火を放ったりすることも作戦案としては考えられるが、そうなれば隣の居住区にも火が回り、町にとって大きな損害を出すことになる。この乾いた冬の時期に火を扱うことはできない。その他遠隔からの攻撃や狙撃も町の住人への被害や時間の制約との兼ね合いでとることはできない。


(もうちょい時間をかければ何か思いつくかもしれないが……。ないものをねだっていても仕方がない)


 ベルフが斧で扉を破壊し、その先の簡易バリケードも突破する。それにあわせて従者達が窓にハシゴを立てかけた。


「作戦通り行動しろ。突入!」


 佐三のかけ声と共にそれぞれが行動を開始する。佐三はベルフに続いて一回から突入した。
















「敵の数は分かるか?」


 廊下を進みながら佐三がベルフに問いかける。


「四人だ。女一に男三。男三人が一階だ。男達は隠れているつもりらしいが、臭いが隠せていないな」


 ベルフはそう答えながらどんどんと歩みを進める。佐三は目をこらし確認したが、特に建物内に罠らしきものはなかった。


 ベルフが不意に足を止める。すると三方向から獣人が同時に襲いかかってきた。


「フン」


 ベルフはいとも簡単に三人の攻撃をいなし、意識を奪う。流石は人狼の膂力だ。獣人の中でも最も人間に忌み嫌われ、そして恐れられるだけのことはある。猫族の男三人でも刃が立たなかった。


(しかし攻撃が単純だ。複雑な命令はできないのか?)


 佐三はそんな分析をしながら男達を調べる。すると後ろから従者の一人の声がした。


「サゾー様!二階から突入した者達の返事がなくなりました!」
「ちっ、早すぎる!ベルフ!」


 佐三の言葉に反応するやいなやベルフが凄まじい速さで階段を駆け上がっていく。佐三はそれに付いていきながら階段を駆け上がった。


(間に合え……)


 佐三は懸命に足を動かし、二階の部屋に突入する。しかしそこにいたのは倒れている従者達と不敵に笑う女だけであった。


「あら、ようやく来ましたの」
「ベルフ!」


 佐三は前にいるベルフに声を掛ける。しかしベルフは立ったまま反応がなかった。


「クソっ」


 佐三は素早く判断してナイフを抜く。そして全速力で女へと詰寄っていった。しかし後ろから強い力で服を引っ張られそのまま壁へと投げ飛ばされる。投げた相手は言うまでもなくベルフであった。


「おいおい、それが雇用主に対する態度かよ……」
「…………」


 佐三の軽口にベルフは答えない。目はおぼろげで焦点も合っていない。既に操られていることがよくわかった。


「初めまして……ではないけれど。覚えているかしら?」


 女が問いかけてくる。


「勿論。あんたほどの美女は忘れるはずもない」
「それはどうも。でもその美女にナイフをつきつけたことも覚えていると良いのだけれど」


 佐三は「ははは」と笑いながら立ち上がる。自分が今これほどまでにない危機を迎えていることを佐三は自覚していた。


(畜生……。考え得る最悪のケースだ。あまりにも早すぎる)


 佐三は努めて状況を分析する。従者達は部屋に突入後少しの間報告を外部にしていた。勿論外部から状況を把握させるためだ。その報告が途中で消えたと言うことは少しの時間意識を奪うのに時間を要することはほぼ確定であった。


 しかし彼女たちは操られてはいない。ここが重要なポイントだ。これまで意識を操られるような状態に陥っているのは男だけである。推測の域を出ないが佐三は考えを進めるために彼女が意識を操る対象は男だけであると仮定した。


(しかしベルフは効かないと思っていたが……。何か理由があるのか?しかし先日の朝、彼女は明らかに戸惑っていた。俺を操れなかったことに。何故俺だけ?)


 立ち尽くす佐三にベルフが近づき、佐三の首根っこをつかんでくる。そしてそのまま壁に押しつけた。


「くそっ、放せ……」
「…………」


 ベルフは何も言わない。女が「くすくす」と笑いながら佐三に話しかける。


「無駄よ。もうその男は私の言うとおりにしか動かないわ」
「……何が狙いだ?」


 佐三は女に問いかける。


「そんな規格外の力があれば、こんな田舎町に来るメリットなんてない。王都でもなんでも好きに牛耳ればいいじゃないか」
「………関係ないじゃない。貴方には」


 女がそっけなく返す。しかしその態度の変化を見逃すほど佐三の観察眼は甘くはなかった。


「わかった。話を聞こう。だからこいつに放すように言ってくれないか。首が絞まって死にそうだ」


 佐三はそう言って手に持っているナイフを脇に投げ捨てる。そして両手をあげて彼女の方を見た。


「そうね。それは私も望むところではあるわ」


 彼女はそう言うと軽く腕を振る。そしてその動作に合わせてベルフが佐三を放した。ベルフは佐三から手を放すと、ゆっくりと彼女の脇へ歩いていった。


(やれやれ。なんて威圧感だ)


 佐三はベルフを見ながら内心で呟く。佐三がこれまで富を作り上げることができた理由。それは自分や財産を狙う連中から、身を守る存在がいたためである。


 しかし今、佐三を守る存在は敵の手に移ってしまっている。完全に裸一貫。目の前に迫る外敵に、佐三は丸腰で挑まなければならない。


(本当に、一体どうしてこうなったんだか)


 佐三は大きく息を吐き、心を落ち着ける。既にこの程度の修羅場、何度もくぐり抜けていた。この世界でも、前の世界でも。


(やはり立て籠もりには交渉するのが相場かね)


 幸いテーブルには着いた。暴力の前に交渉などあったものではないが、そこをやりくりするのが佐三の手腕である。


「ところで名前を教えてくれないか?呼び方がないと話しづらくて」
「そうね。本当の名は教えられないけど……仮の名前を教えてあげるわ」


 そう言って女は続ける。


「……フィロ。フィロと呼びなさい」
「それはどうも。フィロ」
「私が名乗るのだから、貴方も名乗って然るべきでは?」
「これは失礼しました」


 佐三はそう言って居直り、この世界の礼儀に則って挨拶をする。


「私の名は松下佐三。ギルドが公認し商人であり、異世界の経営者です」


 佐三がそう言うとフィロは少し怪訝そうに返答する。


「随分と不思議な挨拶ね。まあ、でも作法は間違っていないわ。それに免じて不問にしましょう」


 フィロはスカートを少しばかりつまみ、丁寧にお辞儀をする。




 謁見が始まった。









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