異世界の愛を金で買え!

野村里志

女難の相







「……どうしてこうなった」


 佐三は肩を落としながらぼそりと呟いた。














 事の発端は娼館への調査に出向くところからであった。朝起きて、皆に今晩娼館へ調査に行くことを説明した。しかしそれに対する女性陣の反応は極めて辛いものであった。イエリナとハチはついていくと聞かないし、アイファは遠回しに軽蔑したかのような眼差しをぶつけてくる。


 唯一の救いはナージャかと思ったが、ナージャはどこか恥ずかしそうな顔をしていた。一つ新しいことを知ってしまったようである。子供の成長は早い。大人が思っているよりもずっとずっと。彼や彼女たちはとてつもない速さで大人の階段を駆け上がっていくのだ。


 しかし女をつれて娼館に行くなどすれば目立つことこの上なく、調査どころではない。しかたなしにと延期を申し入れ、裏で一人で行くことにした。


しかしそれも間違いであった。


 なぜだか分からないが娼館へ入ろうとしたその時に、後ろから女性陣に声を掛けられた。そこには政務室の三人に加えてチリウまで入っている。後で知ることになる話であるが娼館へと向う佐三を見かけた住人が凄まじい速さで情報を拡散し、彼女たちの耳まで届いたようである。ネット社会もびっくりの拡散速度だ。


 佐三はなんとか弁解し、帰ってもらおうとするもイエリナとハチは受け容れるはずもなく、チリウとアイファはそれぞれ興味津々であり帰る様子もなかった。


 そして結局女性四人を同伴して娼館に入るという中々アブノーマルな行動をかましながら今に至るのである。


「それではこちらへどうぞ」


 女性の受付人に案内され、一行は待合室から移動する。彼女のどこか戸惑ったような営業スマイルが佐三のなんとも言えない羞恥心を刺激した。


(やれやれ……)


 佐三は軽く頭を抱える。


 しかしすぐにそうした感情は必要がなくなった。


(うっ……、まただ)


 佐三の頭に先日起きた頭痛のような感覚が走る。意識がもうろうとし始め、思考が定まらない。


 佐三はふと後ろを振り返り、皆の様子を確認する。いつの間にか皆はそれぞれ倒れ込み、どこか心地よさそうに眠っていた。


「何が起きた?」


 佐三は先程の受付人を探す。しかし彼女は影も形もなくなっていた。


(行くしかないか……)


 佐三は案内された道を一人進んでいく。歩みを進めるほどに、頭の揺れも大きくなるような気がした。


 佐三は扉の前までたどりつく。おそらくではあるが、この先に件の女がいるだろう。なんとなくであるがそう感じた。


(やるしかねえか)


 佐三は覚悟を決めて目の前の扉を開けた。


















「あら、随分と遅かったみたいですね」


 女が言う。先日の朝に会った女だ。


「もっと早く来てくださるものかと思っていらしたのに」
「そりゃ、どうも」
「……っ!?」


 佐三はなんとか返答する。佐三の返答に女は思いのほか驚いているようだ。


「貴方……意識があるの?」
「?当たり前だろ。じゃなきゃどうやってここまで来るんだ?」


 佐三は脳が揺さぶられるような感覚の中、なんとか前を向いた。よく見ると彼女を取り囲むように数人の男が彼女の世話をしている。ある男は髪をとかし、ある男は食事を手伝い、ある男は彼女に言われるがままに雑用をこなしている。


「なんだその男達は?」
「これですか?私の奴隷です」
「奴隷?おかしいな。俺の見立てではこの町の市民であるはずだが」
「そういう意味ではございません。文字通り私に従う下僕という意味です」


 佐三は彼らに見覚えがあった。そもそもこの町の男性は多くない。それに町の人口自体が現代の日本と比べて遙かに少ないのだ。見覚えのある顔も少なくはない。


(原理も方法もわからん。何故男達はこの女に従っているんだ?)


 佐三は回らない頭をなんとか動かし、状況の把握に努める。見る限りでは男達はまともな精神状態ではない。うつろな目をしながらただ彼女の指示に従っている。


(いずれにせよ、このままではまずい……)


 佐三は護身用のナイフを取り出し、彼女に向ける。するとその女は男達に指示を出し、それぞれが武器を構えて佐三の前に立ちはだかった。


(そりゃ、そうなるわな。……だが、)


 佐三はナイフの切っ先で自分の手の甲を軽く切りつける。手からは血が流れ出し、床にポタポタと流れ落ちていった。


「なっ何を……」
「頭が回ってきた。アドレナリンの効果か、他の効果か。いずれにせよ体内が興奮状態にあれば効果は薄れるみたいだな。一時的かも知れないがそれで十分だ」


 佐三は咄嗟に自分のポケットに入れてある小さな笛を吹く。しかし音は出ず、何も起きなかった。


「……驚いたわ。護身用の笛かしら?でもそれは壊れているみたいね」
「……そうだな」


 男達がじりじりと寄ってくる。意識がもうろうとしているとはいえ獣人が三人だ。戦闘の訓練も受けたことのない一般人の佐三では数秒と持たずにやられてしまう。


 しかし佐三もそんなことは織り込み済みであった。


「殺してはダメよ。……でも私の力が効かないとなると、少し面倒ね。が必要じゃないかしら?」
「美女の誘いは光栄だが、あいにく俺には間に合っている。特に金を手に入れてからというもの、そういう接待はうんざりだ。悪いが他を当たってくれ」


 佐三はかつて元の世界で幾度となくなされたハニートラップや謀略の類いを思い出す。


「ダメよ。町の権力者を抑えなければ私の目的は達成されないの」
「目的?」


 佐三の言葉に女がにっこりと笑う。


「そう、復讐のための、ね」


 その言葉と同時に男達が襲いかかる。佐三は瞬き一つせずただその女を睨み続けた。


 バキィッッッッ!


 ドアの蹴破る音が響いたのはほぼ同時だった。


「なっ……!?」
「待たせたな、サゾー」


 ドアを蹴破り、ベルフが駆け込んでくる。そして瞬く間に男達蹴り飛ばし意識を失わせた。


「やれやれ、来るのが遅い」
「遅いも何も、今合図があったばっかりだ」
「ど、どうしてここに!?」


 女は予想外の出来事に狼狽えている。佐三は先程の笛を取り出し彼女に見せた。


「これは犬笛だよ。田舎じゃよくある代物だ。村の人間がもってなかったか?」


 同時にベルフが目にも止まらぬスピードで彼女の詰寄り、意識を刈り取る。佐三は頭を抱えながら彼女を抱えているベルフをみた。


「……お前本当に躊躇ないな」
「ん?危害を加えようとしているのだ。当たり前であろう」


 ベルフは何食わぬ顔で彼女を持ち上げ、肩で担ぐ。現代人の感覚とは違うのだろう。より生きるか死ぬかに近い世界で生きる人間にはそういった躊躇は命取りなのだ。佐三はそんな風に納得した。


「彼女、どうする?」


 ベルフが聞いてくる。


「事情も聞きたい。それに怪しげな力も。オカルトパワーは信じがたいとしても、何かしらの法則はあるはずだ。とにかく牢に入れておこう」


 佐三がそう言うとベルフはとことこと部屋を出て行く。男達が倒れている部屋、廊下には女性陣も眠りこけていた。


(後始末はやれ、と……)


 佐三は大きくため息をつく。まずは人を呼ぼう。そしてこの店も調べなければならない。やらなければならないことが山ほどある。




 佐三は言いようのない疲れとこれから来る苦労に思いを馳せながら、ゆっくりと動き出した。













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