異世界の愛を金で買え!

野村里志

戦略を組み立てろ!











 作戦開始から早幾日が経過している。盗賊による被害は目に見えて減っており、町に訪れる商人の数も少しずつ回復していた。


「しかし上手くやるもんだな」


 政務室でいつも通り寝そべっているベルフが欠伸をしながら話す。佐三は現在ハチを連れて町の外に出て現場の把握に努めている。ハチがいることで佐三の警護を常にやる必要がなくなったベルフはどこか満足げに今の一時を満喫していた。


「もー。狼さん、また仕事さぼってる!」
「休むのも仕事だ。嬢ちゃんもいずれ分かる」
「嘘つき!いつも休んでるじゃん!」


 ナージャが寝そべっているベルフを揺する。ベルフもしばらくは耐えていたが、途中で面倒になり体を起こした。


「それにしても今日は一段と俺につっかかるな。いつも通りあの女に構ってもらえばいいじゃないか?」
「だって……」


 ナージャはそう呟きながらちらりとイエリナの方を見る。イエリナは机に向かい「あーでもない、こーでもない」と一心不乱に何かを書き留めていた。


「まったく、紙だって安くはないだろうに。ただでさえサゾーが馬鹿みたいに紙を使うのに、それが二人に増えたらたまったもんじゃない。なあアイファ」
「あははは。そんなことないですけど……」


 アイファは乾いた笑いでベルフに返答する。今では大部分の財務をアイファが管理している手前、そのやりくりには一番神経を使っている。備品の消耗はダイレクトにアイファの頭を悩ませるのだ。


(まあ、それ以上の価値を生み出しているんだからサゾーが使う紙は必要経費といえるがな)


 ベルフはそんなことを考えながらイエリナの方を見る。イエリナはベルフの少しばかり嫌みたらしい言葉も耳に入らないくらい、集中して考えていた。


(さて、これが吉と出るか凶と出るか……)


 すると不意に顔を上げたイエリナと目が合う。そのまま幾ばくかの時が流れる。するとイエリナは急ににっこりと笑いかけてきた。


(なんだか嫌な予感がする……)


 その予感は当たらずとも遠からず、ベルフの休息に終わりを告げることは間違いなかった。












(う~ん、どうすれば丸く収まるのかしら)


 イエリナはひたすらに頭を動かし、作戦を考える。誰かに犠牲を強いるのではなく、問題を解決する。その方法は考えるほどに難しかった。


 隣でナージャやベルフ達が話している声が聞こえる。しかしその内容が入らないほどにイエリナは机の上の紙に集中していた。しかし考えれば考えるほど思考が停滞していくのが自分でもよく分かった。


(こんな時、あの人なら……)


 イエリナは不意に佐三の顔を思い浮かべる。そしてすぐに首をふり、頭のイメージを打ち消した。今はあの人に対抗しようとしているのだ。同じやり方では元も子もない。


 イエリナは「もう」と頭を上げる。すると偶々こちらを見ていたベルフと目が合った。


 そしてそれが引き金であった。


(あっ……)


 ベルフの顔を見たことで、イエリナの頭の中が少しずつクリアになっていく気がした。かつてベルフに言われたこと、佐三が大事にしているということを思い出す。


『現場主義』


 今まさに自分が陥っている状況こそ、机の上で立ち止まっていることではないか。イエリナの中で何かが噛み合う音がした。


 イエリナはにっこりと笑い、ベルフを呼ぶ。一人でダメなら二人で、それでダメなら三人で。協力者を集い、やればいい。佐三ほどの頭脳がないのであればそれを別の何かで補えば良いし、彼のやり方で上手いところはしれっと盗んでしまえばいいのだ。


 アイファさんにも、ナージャにも、声の掛けられるところにはとにかく聞いてみよう。ハチさんだってダメ元で聞いてみよう。話をきいてきけば、必ず何かにはたどり着く。


 イエリナはそう考えると、ペンを置き、椅子から立ち上がった。












「それで?とりあえず俺に聞いてみた、と?」
「はい。一人でダメなら二人で、それでもダメならもっと多くの人にと」


 目の前ではニコニコ顔でイエリナが座っている。佐三がどう思っているかは分からなかったが、実の所ベルフはイエリナがあまり得意ではない。初めて会ったときの動物的嗅覚か、はたまた別の感覚か。いずれにせよベルフにとってはやりにくい相手なのだ。


「……そういうのはもっと別の相手に聞けよ。頭脳労働は俺の専門外だ」
「まあまあそう言わずに」


 イエリナは再びにこりと笑う。元々目つきが鋭いだけにその笑顔はギャップでもあり、魅力でもあった。もっともベルフにとってはなんとも言えない恐ろしさになっているのだが。


 ベルフは横目でアイファを見る。アイファはいつの間にか仕事に戻っており、ナージャもいつの間にかアイファの手伝いをしていた。助け船はとても呼べそうにはなかった。


(しかし、まあ。良い傾向ではあるか)


 ベルフは目の前で考えているイエリナを観察する。今まではどこか他人行儀で、佐三に対しても自分に対してもどこか丁寧すぎるきらいはあった。それが今では自分にここまで気軽にせっしているばかりか、あまつさえ佐三に対抗しようとしている。ただ佐三に付いていくだけだった初めの頃よりはずっと健全である。ベルフはそう思った。


「ん?どうかしましたか?」
「いや、何も」
「もー、真剣に考えてくださいよ」
「はいはい。わかってますよ」


 ベルフはそう言って頭をかいているイエリナをぼーと眺める。ここでも佐三の癖が移っているのが確認できた。


「まあ、なんだ」


 ベルフが提案する。


「ここにいたんじゃ埒もあかないだろ」
「ここって……じゃあどこへ?」
「知らん。だが外へ出てみよう。町を歩くだけでも、何か進展があるかもしらん。俺は思いついたことはないが、サゾーはいつもそうしている」


 そう言うとベルフは立ち上がり、かけていた上着をとった。


「……ほら、お前らも行くぞ」
「え、私もですか?」
「わー!おでかけだ。おでかけ」


 ベルフの呼びかけにアイファは少し困惑気味に、ナージャは率直に喜びを表現している。アイファはイエリナに様子をうかがうが、イエリナに「一緒に行きましょう」と大義名分をもらうとうれしそうに支度を始めた。


(まあ、これで多少は事態が動くだろう)


 ベルフはただ黙ってイエリナを見る。彼女がどういう考えにたどり着くかは知らない。何ができるかもわからない。ただ佐三にぶつかろうとしている彼女を、無下にする気にもなれなかった。







 ベルフはゆっくりと部屋の外へと歩き出した。











コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品