異世界の愛を金で買え!

野村里志

弱き者のさだめ









「貴方は一体……?」


 イエリナはまとまらない頭で呟く。チリウと名乗るこの女性は猫族の特徴をもつ大柄の女性であった。イエリナの背丈は町の女性の中でもかなり高い方に分類される。しかしチリウのそれはさらに一回り大きかった。


「言ったろ?チ・リ・ウ。この団の頭領。訳あって貴方たち商人の荷があの町から出て行かないように抑えなきゃいけないんだ。恨んでくれてかまわない。その代わり身の安全と引き換えに情報をくれ。女性であるあんたを、できれば痛い目にあわせたくない」


 そう言ってチリウはナイフを取り出し、手の中で遊ばせる。その扱いは見事であり、先程の戦闘が偶々ではないことがうかがえた。


「命は惜しくはありません。貴方たちのような盗賊と、取引をする理由もありません」


 イエリナははっきりと拒絶する。もし佐三がいればその行動はまったくもって非合理的であると断罪しただろう。しかしイエリナは長としてたとえ少しだとしても町の人間を裏切ることはできなかった。


 しかしこの行動は結果としてはチリウには好意的に映った。


「へえ。あんたも女なのに、根性あるね」


 チリウはうれしそうに笑うと「気に入った」と言った。


「じゃあ、話せる範囲で話そう。こっちも最低限もてなすよ」


 そう言うとチリウはイエリナの手枷を外す。イエリナもチリウもそれぞれ打算や合理性とは別の想いで動いていた。


「ここは……何なのですか?見たところやけに女性が多いような……」


 イエリナは軽く周りを見渡しながら質問する。


「ああ。それはそうさ。私たちは女達が集まってできた集団なんだ」


 チリウが後ろを振り返りながら話す。彼女が見つめる先には斥候として辺りを警戒する女性達がいた。


「何故、女性達だけなのですか?」
「おっと、次は私の番だ。質問は順番でやらなきゃ公平じゃないだろ?」


 そう言ってチリウは質問を考える。その裏表ない話し方やまっすぐな態度はイエリナに好印象を残した。


「町の様子を教えてくれ。町の商売はどうなっている?」
「……以前と比べると、かなり活気はなくなっています」


 イエリナは少し考えてから正直に答える。別にここでかけひきをしたところで何か意味があるとも思えなかった。


「次は私の番です」


 イエリナが質問する。


「もう一度ききます。何故女性達だけなのですか?」
「それは簡単な質問だ。みんなそれぞれ見捨てられた人達なんだ。そんな連中が集まってこの団を作ってる」


 チリウはそう言うと「今度は私の番だ」と質問する。


「あの町に“人狼憑き”と呼ばれる商人がいると聞いた。それについて教えてくれ」


 イエリナはそれが佐三のことであるとわかった。しかしそれだけに彼にとって不利になりうることは言うわけにはいかなかった。


「……非常に優秀な商人です。たちどころに利益を上げ、一財産を築いています」


 イエリナには何故チリウが佐三について聞いてきたのかは分からなかった。しかしチリウの目には先程とは代わりどこか暗い部分が見え隠れしていた。


「優秀な商人……ね。女や弱い者を食い物にしてか?」
「……っ!彼はそんな人じゃ……」


 イエリナの態度にチリウが目を細める。


「彼?随分と親しげだな。お前は“人狼憑き”の身内か?」


 イエリナは内心「しまった」と思いつつもそれ以上の失言はしない。


「次は私が聞く番です」
「いや、その先はないね。お前も“そっち側”の人間であれば、これ以上話すことはない」


 チリウはイエリナの首元にナイフをあてる。その刃はうっすらとイエリナの血を滲ませ、血の滴を垂らした。


「これだけ脅されて、顔色一つ変えないとはね」


 チリウはナイフを戻し、じっとイエリナを見つめる。


「ここから先は言葉を選ぶんだね。首をはねない保証はないよ」
「けっこうです。次は私の番ですね」


 イエリナは眉一つ動かすことなく質問する。


「“見捨てられた人達”とは、どういう意味ですか?」
「…………」


 チリウは黙ったまま話さない。しかしわずかながら耳と尻尾が動いたことをイエリナは見逃さなかった。


(おそらく、話したくないことなのかもしれない)


 イエリナは深入りするか少し考えた。しかしそれ以上そのままにしても話が進むことはないと感じていた。


「教えてください」
「………」


 イエリナが質問する。


「どうしても話したく……」
「私たちは、かつてはみんな別々の村や町にいたんだ」


 チリウが話し出す。


「ある人は宿屋の娘、ある人は商人の、ある人はちょっとした貴族の令嬢だったりした」
「…………」
「経緯は人それぞれだ。奴隷商に捕まったやつ、商人にだまされた奴、貴族に嫁いで本妻に殺されかけたやつもいたな。だが行き着く先は、は意外と似てる。弱い女達が受ける仕打ちなんてものは限られてる。そしてみんななんとか逃げのびて、ここにたどり着いた」
「…………」
「私たちはそんな女達の集まりなのさ。弱い者として、酷い扱いを受け、命からがらここにたどり着いて身を寄せ合っている」


 イエリナは黙って聞き続ける。


「私の母はここで私を産み死んだ。ここについたときにはお腹は大分大きくなっていたらしい。母は生前、『父親は誰かも分からないからどうかこの子を育てて欲しい』と頼んだらしい。母がどんな人かはわからないが、どんな扱いからここへ逃げてきたのかは想像も絶するな」


 チリウは自嘲気味に笑う。


「私たちは別に金が欲しくて盗賊をしているんじゃない。生きるため、そして復讐するために金持ちや貴族、男達を襲っているのさ」


 チリウはそこまで話すと立ち上がり、今度は大きめの鉈を構えた。今度こそ本気なのだろう。イエリナはそう思った。


「次は私の番だ。これが最後の質問だ」


 チリウが聞く。


「お前は何者だ?」


 イエリナは同様に立ち上がり、まっすぐチリウの目を見た。それはどこか憎しみを抱えていると共に、とても悲しそうな眼をしていた。


「私の名はイエリナ。かの町の長であり、マツシタ・サゾーの妻であるものです」
「……その名は知っている。“人狼憑き”の妻がこんな所にいたとはな。ふんっ、あんな男に媚びを売ったか。誇り高いと思ったが、とんだ勘違いであったな」
「いえ……」


 イエリナがはっきりと否定する。


「彼はそんな人ではありません。決して」
「裕福な商人でありながらか?笑わせる。既に人狼憑きの情報ももらっている。多数の悪名もな」
「それは誤った情報と貴方の狭い了見です。この世には、そうでない人もたくさんいます。少なくとも彼は、そうではありません」


 イエリナの言葉にチリウが下を向く。鉈をもつ腕が小さく震えていた。


「それを……」


 チリウが顔を上げる。その眼にはどこまでも怒りがこもっていた。


「私たちを前に言うか!その言葉を!」




 鉈が力強く振り下ろされた。











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