異世界の愛を金で買え!

野村里志

女盗賊団

 






アウォォォォオン!




 そのけたたましくも優雅な遠吠えが夜の草原に響き渡る。


「夜とはいえこんな見晴らしの良いところで襲いにかかるとはな。サゾーの言うとおり、どこか驕りが見える」


ベルフはすばやく駆け出し、盗賊達に襲いかかる。


「かはっ」
「まず一人だ」


 ベルフは近くにいた盗賊の一人を跳ね飛ばす。ベルフの戦闘においてその鋭い牙と爪がつかわれることはあまりない。というのもその必要がないからである。


 その異常な程な脚力は城壁や川を優に越えることができ、その力で生み出される速度は他の動物の比では無い。それにその巨体と鋼鉄にもまさる毛皮が合わさればその肉体自体が一つの砲弾である。従っていちいち噛みつき、爪をたてずとも軽くはねるだけでおおよその人間は戦闘不能になってしまうのである。


「次だ」


 ベルフは暗闇の中で臭いを辿り、正確無比に盗賊達をはねていく。地面に生えている草がクッションになるためはねられた盗賊達は重傷をおうことはないが、その衝撃とダメージでしばらく動くことはできない。それにベルフの経験則からいくらかはねれば大体の盗賊は戦意を喪失して、逃げ出してしまうことは知っていた。無理に殺す必要もないのである。


(まあ人間は臭いし、食えるものでもないからな)


 ベルフはそんなことを考えながらまた一人、蹴り飛ばす。狼の姿で気持ちよく身体を動かせるのはありがたいが、それにしても張り合いがなさ過ぎた。


(これじゃ自分で走っていた方がよっぽど運動になるな)


 そう思っていたときであった。


「きゃあ!」
(……女の声?)


 ベルフになんとか反撃しようと剣を振るった盗賊をかるく蹴る。するとその盗賊からは女性の声がもれた。


(よく臭いをかぐとこれまでにはねた人間達も女の臭いがする。それに獣人族も混じっているな)


 ベルフは一時的に足をとめ盗賊達を見る。暗がりの中、正確には分からなかったがどの盗賊も女性であるように感じた。


 ベルフが足を止めたことで、後ろにいた盗賊の一人が剣を振るう。文字通り勢いと体重を乗せた決死の一撃であった。


 バキン


 しかし聞こえてくるのは情けない音と、折れた剣の破片が地面に落ちる音だけである。


「あっ、あっ……」
(やはりこの膂力、女だな)


 剣を振るった盗賊はそのあまりにもの実力差に腰を抜かす。どう考えても勝ちようがなく、逃げることも不可能であった。


(サゾーには『できるだけ脅しをかけてこい』と言われているが……。これが人間のクズとも呼べるような外道達であれば一人や二人噛み殺すことも吝かではないんだがな。しかし相手が女となると、そういうわけにもなあ)


 ベルフは困ったように後ろ足で首元をかく。盗賊達はベルフの周りを囲うばかりで一歩も動けずにいた。


 ピーーー


 高い笛の音が鳴る。


「何やってんだお前達、逃げるよ!」


 誰かのかけ声と共に動けずに固まっていた盗賊達が一斉に引き始める。


(まずい!流石に一人くらい捕まえておかないとサゾーにどやられる)


 ベルフは慌てて動き出し、一番近くの盗賊に向って走り出した。


「させないよ!」


 盗賊の一人がベルフに何かを投げつける。ベルフはよけるまでもなくぶつかっていったがそれが誤りであった。


「っっっ………!!」


 ベルフは突如として破裂したその物体に身をもだえさせる。投げつけられた何かはぶつかると同時に破裂してベルフの顔に何かの液体がかかった。


「臭っ!なんだこれは!」


 ベルフは慌てて草に顔をこすりつける。しかしその臭いは簡単には取れず、臭さは増していく一方であった。


(何かの果実を潰して発酵させたのか?それにしてもよくもここまで臭いものを)


 ベルフは追いかけるのをあきらめ、姿を人間の状態へと戻す。あの狼の姿では嗅覚がより敏感になり耐えられない。それに一刻も早く水か何かで顔の臭いを拭い去りたい気分であった。


「おい、イエリナさんよ。もう出てきて大丈夫だ。それと水をだしてくれんか?」


 ベルフはそう言いながら馬車に近づいていく。しかしイエリナからの返事はなかった。


「ん?どうした?」


 ベルフは不思議がって荷台の様子をうかがう。すると荷台の荷物もろともイエリナがいなくなっていた。


「これは……流石に……まずいな」


 ベルフは小さく呟いた。






















「……ここは?」


 イエリナが目を覚ますとそこは野営地らしき場所でであった。たき火の周りに軽く武装した人や、怪我の手当をしている人がいる。簡易のテントらしき屋根のついたものがあることから今見える以外にも多くの人がここにいるのだろう。耳を澄ませばいくらかの寝息も聞こえる。


(私は……何を)


 イエリナは自分の状態を確認する。両手が縛られ木にくくりつけられている。結び目はきつく、イエリナの腕力をもってしても抜け出すことは難しそうであった。


(そうか、私……連れ去られて)


 イエリナは先程までの経緯を思い出す。ベルフの威嚇にも動じず、まっすぐに荷馬車に向ってきた人達がいたので、イエリナは自然とその盗賊達と対峙した。人数にして五人程度で、イエリナの力からすればさほど脅威にはならなかった。しかし一人だけ別格に強い者がいた。


 その盗賊にイエリナは一撃をもらい、気を失ったのだ。


「お、目が覚めたか」


 イエリナが目を覚ましたことに気付いたのか一人の女性が近づいてくる。


(猫族の人間?)


 目の前に来た女性はイエリナよりも一回り大きく、イエリナ同様の耳と尻尾があった。


「手荒なまねをしてすまないな、怪我はないか?しばらくしたら身柄を解放する。だがその前にいくつか情報をくれ」


 そう言うと女性はイエリナの縄を外し、代わりに手枷をつけた。


「あの……貴方は一体?」


 イエリナが質問する。その言葉に「悪い悪い」と笑いながら女性は返答した。




「アタシは“チリウ”一応ここの頭をやっているんだ。よろしくな」




 チリウは屈託のない笑顔と共にハッキリとした口調でそう言った。















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