異世界の愛を金で買え!

野村里志

荷馬車は猫を乗せて











 馬車がガタゴトと揺れている。後ろにいくらかの積み荷を乗せた商業用の荷馬車は、月明かりに照らされながらゆっくりと道沿いに北上していた。このまま進めば以前から懇意にしている犬族が住む山脈へと着くだろう。盗賊が釣れなかった場合もかねて積み荷には彼らへの手土産が積まれてあった。


「ベルフさん、異常はありませんか?」


 貨物と共に荷台に乗っているイエリナが声をかける。ベルフはつまらなそうに「異常なし」とだけ答えた。


 佐三が伝えた作戦ではベルフが商人の振りをして囮になる手筈であった。無論そこに町の長であるイエリナが同行する予定などない。イエリナは勝手についてきたのである。


 鼻のきくベルフはイエリナが忍び込んだ時点で分かってはいた。だが出発前に佐三に伝えれば納得できないイエリナが一悶着おこすだろうと予測できたので、あえて黙って出発した。帰ればカンカンに怒った佐三が待っているだろうが、ベルフにはそんなことどうでもよかった。いざとなればイエリナに全部押しつければ良い。気付かなかったのだと白を切ればベルフに罪はない。そしてその後に予測される夫婦喧嘩からは離れてしまえばどうとでもなるのだ。


「で、なんで忍び込んだんだ?」


 ベルフがイエリナに質問する。イエリナもバカではない。自分の立場も、危険性も十分に理解しているはずであった。


「私なりに望ましい結果を考えてみたんです」
「望ましい結果?」


 ベルフが聞き返す。


「何が気に入らなくて、何を望んでいるのか。それがはっきりしなかったので」
「それで答えは出たのか?」
「はい。まだ完全ではないですけど」


 イエリナは荷台から顔だけをだして続ける。


「私がいやだったのは、関係ない人達まで巻き込んでしまう点です。少なくとも、かの小領主の領民は関係ありません」
「確かにそうだな」
「私たちの町を訪れる人々を守るために、盗賊と戦うことは賛成です。でもサゾー様の考え通り盗賊団と小領主が仲違いを起こせば、少なからず向こうの領民は盗賊の襲撃対象になります」
「そりゃそうだ」
「だから盗賊団を仲違いに仕向けるのではなく、完全に打ち負かすか、無力化してしまえば少なくとも領民は助かります」
「なるほどねえ」


 ベルフは相槌を打ちながらイエリナの考えを吟味する。確かにイエリナの言うように盗賊団を追い返すなり解散にまで追い込めば、町の問題は解決し、向こうの領民の被害はなくなるだろう。


 しかしそれにも問題点はあった。


「打ち負かすって、どうするんだ?」
「それは……」


 ベルフは少し意地の悪い質問だと思った。盗賊退治はどの領主も最重要の業務としておこなっている。それは威信や実益のためでもあるが、問題はその結末である。基本的に領主達は賊の討伐を武勇や実績としたがるため、盗賊達は全員処刑する。盗賊を無力化すると言うことは基本的にそういうことなのだ。


 しかしベルフの見たところイエリナにそこまでの覚悟があるのかは怪しかった。イエリナは強く逞しいが、ベルフのように野生で戦いを経験してきたことはないだろう。勿論命の取り合いも。殺さずに無力化したり、改心させたりすることは非情に難しい。結局の所殺してしまうのが手っ取り早いから、盗賊達は処刑されるのである。


(まあ無理もない。本来なら周りの領主が対応してくれるはずだからな)


 ベルフは手綱を手の中で遊ばせながら考える。


 猫の町は自治を認められている町ではあるが、正確な意味では領地ではない。だからイエリナは軍を持たず、基本的に町の外の治安に関しては隣接の小領主や大領主が責務を負うのである。


 しかし今回、領主達は盗賊達を積極的に討伐しようと動いてはいない。それは元凶の小領主が手を回していることや、町の周辺でしか襲撃を行わず、他の領主達はさほど被害を被っていないためであった。


(ま、難しいことはわからん)


 ベルフは考えるのをやめ、ぼんやりと月を見上げる。いつもなら塔の上でのんびりと月を見ている時間だ。いつものように遠吠えができないことはどこかもどかしく、むずがゆい感じがした。


 その時だった。


「ベルフさん、あの……」
「しっ」


 ベルフはイエリナの話を遮って、耳を澄ました。自分の野性的感覚が、危機を教えてくれていた。


(襲撃ですか?)


 イエリナが小さい声で聞いてくる。


(ああ。まだ遠いが間違いない)


 ベルフも小さく低い声で答える。夜に一台ぽつんと進んでいく鈍足の荷馬車。襲うには絶好の獲物だ。


(やれやれ、佐三の目論見通りかかってくれたか)


 ベルフは軽く息を吐きながら佐三との会話を思い出す。出発の前にベルフは佐三に対して「夜に荷馬車が一台だけなんて不自然じゃないか」と聞いていた。普通の時でさえ小規模の行商は夜道を進んだりはしない。それは危険すぎるためである。にもかかわらず被害がではじめたこのタイミングで、格好の獲物とばかりに荷馬車がくれば盗賊側だって警戒する気がベルフにはしていた。


(『人は上手くいっているときは、疑わないものだよ』か。半信半疑だったが、やはりこういったところでサゾーには敵わないな)


 ベルフは改めて、佐三の慧眼に感心する。こと戦略に関して言えばまるで未来から来ているのではないかと思えるほど予測が正確であった。もっとも未来からきているという点に関しては大きい意味ではあっているのだが。


(まあ他の部分はからっきしだけどな)


 ベルフはこれまでに見てきた佐三の様子を思い出す。仕事をさせれば並ぶものはいないが、他のことは何一つ参考にはできなかった。


 臭いが徐々に近づいてくる。ここでベルフの中で襲撃が確信となった。包囲の仕方、人の動き方が盗賊以外の何者でもない。ベルフはゆっくりとローブを脱ぎ、戦闘に備えた。


「イエリナ、俺は佐三と違い、お前に対しての責任はない。勝手についてきた以上最低限自分の身は守ってくれ」
「……バカにしてくれちゃって。サゾーを庇ったのだって、私ですからね」


 イエリナは少しふてくされたように答える。自分で来た以上、守られるつもりなど微塵もなかった。


 音が一気に近づいてくる。一斉に襲いかかり、馬車を盗む算段だろう。ベルフはギリギリまで盗賊達を引きつけた。


「セイトウボウエイだ。恨むなよ」


 「アウォォォォオン」という遠吠えが響き渡る。盗賊達はその声に驚き、足が止まる。見ると襲おうとしていた行商人が見る見るうちに大きい狼へと変わっていった。


(ハチの時は無様にも遅れをとったからな)


 ベルフは自らを戒めるように、自分の感覚を研ぎ澄ませ、戦闘意識を高めていく。少しずつかつての感覚が蘇ってくるようであった。


「さて、仕事しますか」


 ベルフはそう言うと、佐三の口癖が移っていることに気付き、首をふる。そしてもう一度おおきく吠えて荷馬車から飛び降りた。




 その美しい白銀の毛並みが月明かりに照らされ、輝いていた。













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