異世界の愛を金で買え!

野村里志

リーダー?戦略家?経営者?

 






「なあサゾー、お前は一体何者なんだ?」


 ある晴れた昼下がり、ベルフが唐突に聞いてきた。














「どうしたんだ急に。また随分漠然とした質問だな」


 佐三は急に聞いてきたベルフの方を見る。ベルフ自身もその質問に納得がいっていないのかまだ考えている様子で聞いている。


「いや、ふと気になってな」


 佐三はナージャが煎れてくれたお茶を飲みながら、答えを考える。


「経営者……かな?」
「そう、それだ」


 ベルフは閃いたように指を指す。


「その経営者というものがイマイチよくわからん」
「イマイチ分からんと言われてもなあ。どこが分からないんだ?」
「例えばそれは商人とどう違うのだ?」


 ベルフが聞いてくる。


「うーん、その比較で行くと、商人の方が意味合いは広いな。商人は一人でも商人だが、経営者は組織があってこその経営者だ。いくらかの人間を管理して、利益を出していくのが経営者だな」
「ではサゾーは商人であり、経営者なわけだ」
「まあそういうことになるな」


 佐三は質問に答えながらベルフが疑問に思った理由について考えてみる。そもそもこの世界にはまだ資本主義が発達していない。市場はあっても資本家は少ないのだ。そういう意味ではベルフが経営という言葉に疑問をもつのも頷ける話である。


「何の話をしているんですか?」


 書類の整理が終わったのか、アイファが話しかけてくる。


「サゾーに経営者が何かを聞いている。いまのところ分かったのは多くの人数を率いる商人ってことだ」
「なるほど。私は大きい町に行ったことがないので詳しくは分かりませんが、都の方には何人もの人達が集まってできている商人の集団があるらしいですね」


 おそらくアイファが言っているのは企業のことであろう。佐三はそう感じた。もっとも現在この世界に株式なんて概念はまだできていないだろうし、企業と言っても佐三が見てきたものとは似ても似つかないものであろうが。


(そう考えてみると、俺が常識と思っていることもなかなか当てはまらないな)


 佐三はそんな風に思いながらもう一度お茶を飲んだ。そもそもこのお茶も、佐三が勝手に解釈しているだけで正確には“茶”ではない。それらしい何かなのだ。


「コホン」


 いつの間にいたのだろうか。後ろで控えているハチが軽く咳払いをする。チラチラとこちらの様子をうかがっていることからどうやら話に加わりたいようであった。


「ハチも何か思うところがあるのか?」
「いえ、私は……」
「いいから」


 佐三が促すとハチは「それでは失礼して」と言って質問する。


「将軍や軍師といった者たちはどうなのでしょう?彼らは戦争に従事する者達でありますが、同時に戦略や軍略を考えるものでもあります。戦場と商い、場所が違うだけで、“経営者”とやっていることは同じでしょうか?」
「珍しいことを考えるなあ、ハチ」


 佐三が感心した様子を見せると、ハチは少し照れくさそうにしながら「いえ」とだけ答えた。


「まあ大きな方向では合っているな。どっちも戦略家という点では間違っていない」
「なるほど」
「ただ少し違うのは経営者は組織のあり方まで考えなきゃいけないって事だ」
「というのは?」
「強い軍隊に必要なのは鉄の掟とそれを忠実に実行する兵士だ。訓練の方向性も、基本的には定まっている。だが商いはどうかというと必ずしもそうじゃない」
「何でだ、サゾー。言うことを聞く連中が多い方が商売もらくじゃないか?」


 ベルフが聞いてくる。佐三はそれに対して明確に首を振った。


「上の言うことに従い続ける組織は、間違った判断を正すことはできない。勿論戦争のように逼迫した場面では一致団結して戦い、恐怖に打ち勝つ必要がある。その時は全員の意志を統一するために上の命令は絶対だ。だがそれはあくまで短期間のもの、戦争においてでの話だ。商売はもっと長い目で見なきゃいけない。長い目で見たらいろんな人が意見を持ち、その中で良いものを選んでいった方が上手くいくに決まっている」


 佐三の言葉に各々は「へー」と感心したように頷いている。よく見るといつの間にイエリナも輪に加わっていた。


「なんだイエリナ、帰ってたのか」
「はい、先程。そしたら何やら皆が楽しそうに話を聞いているので。ところでサゾー様、私も一つ良いですか?」


 そう言うイエリナに「どうぞ」と佐三は促した。


「では町の長、リーダーはどうなのでしょう?やはり“経営者”と同じでしょうか?」


 佐三はその質問に少し考える。イエリナは自分の身に置き換えて率直な疑問をぶつけただけなのだろう。しかしその問いは現代でも尚議論されているリーダーシップ論を考えるものである。


(やれやれ難しいことに気付くな、こいつらは。だがそれだけに本質を突いている)


 佐三はいくらか頭の中を整理した後に話し始める。


「組織を動かすと言う点では同じだろう。ただ目的が違う場合がある。リーダーは幅広く色々な目的のために組織を動かすが、経営者の目的はあくまで利益だ。ちなみにこの理屈でいくと将軍の目的は戦争の勝利だな」


 佐三の言葉をそれぞれは思い思いに咀嚼していく。何故急にこんなことを話すことになったのかは分からないが、珍しく興味をもっているようなので佐三も真面目に話していた。


「ねえねえ、何の話?」


 新しくお茶を運んできた、ナージャが声をかけてくる。


「ナージャには少し難しいかな」
「もー!サゾー様、子供扱いして!」


 そう言って可愛らしく反抗するナージャを佐三は笑いながら撫でる。しかしどうも納得いっていないのか、「はやく教えろ」とばかりに目で訴えている。


(しょうがないか)


 佐三は適当にお茶を濁す意味でもナージャに質問する。


「ナージャ、リーダーって何だと思う?」
「え?イエリナ様やサゾー様みたいな人のこと?」
「そうだ。例えばどんな人が向いていると思う?」
「うーん」


 ナージャは顎に手を当てながら考える。佐三自身には分からないが、他の三人から見ればその様子は佐三そっくりであった。


(まあ急に言われても分からんか……)
「わかった!」
「え?」


 うれしそうにナージャが続ける。


「“ついていきたい“って思う人のことだ!」
「………っ?!」


 佐三はその言葉につい口を閉じてしまう。そしてすこし間を置いてからナージャの頭を撫でた。


「すごいな、ナージャ。俺なんかよりずっと分かっているじゃないか」
「えへへ。そうかな~」
「ああ、ひょっとするとナージャにはリーダーの素質があるかもしれないな」


 佐三はそう言いながらナージャの頭を撫で続ける。どうやらそれが気持ちいいのかナージャはうれしそうに頭を差し出している。


(“ついていきたい“人間か。確かに、それがなのだろうな)


 子供は時に鋭く本質を突く。変に知識をつけた大人はあれこれ考えて、理屈ばかりをこねているのかもしれない。佐三はそんな風に感じた。




『あんたには……もうついていけませんよ』




 佐三の頭にかつての言葉がフラッシュバックする。それはもう随分と昔の記憶であった。


 不意に手を止めた佐三をナージャは不思議そうにみつめていた。


「さあ、仕事にもどろう。まだやることは山のようにあるからな」


 佐三がそう言うと各々持ち場に戻り、仕事を再開する。町や事業はまだ軌道に乗ったばかりであり、油断は許されない。やるべき事は多いのだ。




は忙しい。佐三はそう思った。









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