異世界の愛を金で買え!

野村里志

エピローグ3 帰り道









 風がいくらか吹いている。内陸部の風はどこの世界でも冷たいようで、そのわずかばかりの風が自分の体温をどこまでも奪っていくように佐三には感じられた。


「タルウィ様、道中お気を付けて」


 佐三は深々と頭を下げる。タルウィも同様に頭を下げながら、胸に手を当てた。おそらく主神教の挨拶は胸に手を当てるものなのだろう。佐三も相手への敬意として、胸に手を当てた。


「佐三殿、しばらくの歓待、痛み入る」
「いえいえ、最低限のもてなししかできず、申し訳ありません」
「いえ。私たちとしましても大変楽しくさせていただきました。僧侶などをやっているとこうした祭りのような楽しい行事には参加できませんからな。今回は不幸中の幸い、いやむしろ幸福がまさっているぐらいです」


 タルウィは「がっはっは」と大きな口を開けて笑っている。僧侶と聞くと偏屈な人間が多いイメージをつい持ってしまいがちだが、そんなものは偏見であるということをこの男は教えてくれる。佐三はそう感じた。


「そういえば佐三殿も主神教に入信しませぬかな?貴方が入っていただければ此方も布教がしやすいのですが」


 タルウィが聞いてくる。


「あいにく私は商人で、限りなく世俗的な身です。神を否定はしませんが、神を信奉し精進できるほどできた人間でもありません」
「そうですか。貴方ならば主神教でもすぐに幹部クラスになれそうなものですが。いやはやこれは残念」


 タルウィは楽しそうに話す。その屈託のない笑顔からはその言葉が本心から出ていることが読み取れる。大規模組織で出世する人間としては非常に珍しいタイプであった。


「ところで」


 佐三が質問してみる。


「私はこの地域の出ではないのであまり詳しくないのですが、主神教の教えの中には“別の世界”といった言い伝えはでてくるのですかな?」
「っ?!」


 佐三のふとした言葉にタルウィは表情が固まる。そして真面目な顔になって「どこでそう言った話を」と質問してきた。


「いえ、私のいる地方ではよくある話なので」
「そうですか。いやはや」


 タルウィは声を落として話す。


「ここだけの話ですが、おおよそ別の世界から来たのではないかと思われる人間や物が、ときたまに各地の神殿近くに出現するんです」
「ほう?」
「まるで見たこともないような物に、少し変わった面立ちにどこのかも分からない言葉を話す人間。そんな噂がたっています。もっともその多くは盗賊に襲われるか、どこかで野垂れ死んでしまうので、実際に見たことはないですか」
「そんなことが……」
「私は一瞬あなたもそうかと思ったんですよ」
「……っ?!」
「まあすぐに違うと思いましたがね。あなたは言語も流暢に話すし、この世界の慣習にも慣れている。しかしあなたからこういった話がでてくるとつい疑ってしまいますな。なにせ貴方は、私が見てきた中でもあらゆることが規格外ですから」


 タルウィは再び「がはは」と笑う。佐三も乾いた愛想笑いで「はははははは」とだけ笑っていた。


「タルウィ様、そろそろ」
「うむ、そうか」


従者の報告にタルウィが返事をする。出発の用意が整ったようであった。


「楽しい時間はすぐに過ぎてしまいますな。佐三殿、お元気で」
「タルウィ様も、また是非この町に来てください」
「ええ、必ず」


 タルウィはそう言うと馬車に乗り込んでいく。そして馬車はゆっくりと進み出し、町の門を通り抜けていった。


「何を話されていたんですか?」


 後ろで並んでいたイエリナが声を掛けてくる。その他ベルフにアイファ、ハチや従者達も見送りにきている。しかし馬車が行ってしまうと各々列を崩し、持ち場を離れていく。ただハチだけが静かにその場に立ち続け、佐三の指示を待っていた。


「ハチ、持ち場にもどっていいぞ」
「はっ!」


 ハチはそう言うと、回れ右をして政庁に戻っていく。


「……私より先に、ハチさんですか?」


 イエリナはわざとらしく不機嫌そうに佐三に言う。


「別に先ってわけじゃないだろ?ただ待たせるわけにもいかんし……」
「冗談です。本気で思ってはいません」
「まったく」


 佐三は頭をかきながらイエリナを見る。どこかカドが取れた印象を受けた。


「それで……」
「ああ。タルウィさんと話した話か。別にたいしたことじゃないよ」
「で?」
「で?ってなんだよ」
「そのたいしたことない話は何なのですか?」


 イエリナは妙にしつこく聞いてくる。というよりこれが元々の素なのであろう。今まで身を引いてきたことを少しばかり遠慮しなくなったのだ。


「……ちょっとした与太話さ。主神教の言い伝えでどこのものだか分からないものが時々見つかるんだと」
「そうでしたか」


 イエリナはそうとだけ聞くとどこか興味を失ったのかそそくさと歩いて行ってしまう。


(ずいぶん気まぐれだな)


 佐三はそんなことを思いながら、イエリナの後ろ姿を目で追う。きっと本来、猫族であるイエリナもこう気まぐれな性格なのだろう。それをあえて正そうとも、悪いものだとも佐三は思わなかった。


(しかしあの話が本当なら、調べてみればあるいは……)


 佐三はいくらかのプランを頭の中で構築する。


(今回のことで主神教の人間ともパイプができた。入信はしなくとも金銭的に援助すれば、神殿を見せてもらうことぐらいはできるかもしれない。そうすれば……)


 佐三はいくらかの筋道が自分の前にできた気がした。少し事を急げば数ヶ月の内に、少なくとも半年ぐらいでは元の世界に帰る方法が見いだせる気もしていた。


(俺がこちらに来た以上、方法はあるはず。そうすれば……)


「行かないのですか?」
「わっ?!」


 不意に目の前に現れたイエリナに佐三は驚きの声をあげる。佐三が来なかったので戻ってきたのである。


 佐三が自身を落ち着けていると、イエリナはキョロキョロと周りを見渡し、誰もいないことを確認する。


「……ほら、サゾー。早く行くよ」


 イエリナはどこか恥ずかしそうに言って、前を歩き始める。しかしすこししてすぐに後ろを振り向いて、佐三に早く来るように目で催促する。


 佐三はポリポリと頭をかいて空を見上げる。天候は曇り、なんともはっきりとしない天気で雨が降るとも降らないともいえない微妙な湿気であった。


「早くしないと置いていきますよ」


 イエリナが声を掛ける。しかし佐三をおいて行く気はないようで、その場に立ち、腕組みをしながらこちらをみている。佐三はその様子をぼんやりと眺めていた。


(まっ、気長にやりましょうか)


 佐三はそう考え歩き始める。事を急いてイエリナと結婚したときのように何も起きなければそれこそ問題だ。ゆっくり、着実に歩みをすすめればいい。何より、佐三自身、無理に急ぐ気にもなれなかった。


 風がいくらか吹いている。しかし雲の晴れ間から陽が出てきたようで先程とは異なりわずかばかりの涼しさを風が運んでくれている。


(早く行かなくちゃな。やらなければならない仕事が山のようにある)


 佐三はゆっくりとイエリナの元へ歩き出した。











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