異世界の愛を金で買え!

野村里志

閑話 踊る阿呆に、寝る阿呆









 町の熱気は最高潮にまで達していた。人々は壇上に上がるイエリナの姿をただじっと見つめている。その美しく堂々とした立ち振舞いは、そのドレスと相まってさらに人々の目を釘付けにしていた。


「イエリナ様、きれい」


 住民の誰かが漏らすように呟く。その気持ちは多かれ少なかれどの住人も持ち合わせていただろう。


 イエリナはパーティーの時とは異なり佐三が事業の一貫で作ったプロモーション用のドレスを着ている。母の形見の白いドレスとは異なり、燃えるような赤いドレスはイエリナのスタイルの良さと相まってこの上なく映えている。さらに佐三から送られた白い外套がコントラストを生み出しており、佐三の宣伝効果としての企みは十分に成功していると言えた。


コホンッ


 イエリナが咳払いをする。住人達は祭りの開催を今か今かと待ちわびていた。


「これより、」




「今年の祭りの開催を宣言します!」




 イエリナの宣言と共に楽器団が盛大に音楽を奏でる。広場では歓声が上がり、気の早い連中は既に酒を呷り始めている。


今年の祭りがはじまった。








「お、はじまったみたいだな」


 政庁の隣にある塔の上、佐三とベルフは二人でそこにいた。広場の歓声が祭りの開始を知らせてくれている。


しかし祭りが始まったといえど彼らにのんびりとそれを楽しむ余裕はない。ベルフは治安を維持するために絶えず目を光らせねばならないし、佐三は舞い込んでくるトラブルを片付けなくてはならないのだ。


「まったく休む暇もありゃしない。こりゃ不当な労働環境じゃありませんかね?雇用主様よ?」


 ベルフが大きく欠伸をしながら皮肉交じりに言う。


「まだ始まったばかりだろ?仕事はこれからだぞ」
「……予定にない接待業務も任されましたが?」
「わかった、わかったよ。苦労をかけた。俺が悪かったって。だからせめて祭りの最終日まで耐えてくれ。最終日はお前が思いきり羽目を外せるようにシフトを組んでおく」
「しかと聞いたぞ。違えるなよ」
「まかせろ。契約は守るし、配慮もする。ウチは誠実さがモットーだ」


 佐三は笑いながら答える。ベルフは「よく言うぜ」と答えながら町を見渡していた。


「……よかったのか?」


 またすこししてからベルフが問いかける。


「ん?何がだ」
「全部だ。あの刺客の女のこと、お前を狙っていた小領主のこと、それととんぼ返りして帰ってきてしまったこともだ」
「ああ、それなら大丈夫だ」


 佐三は何事もないかのように続ける。


「ハチは問題ない。信用できる。小領主に関してはこれから対処しなくてはいけないが、少なくとも暴力や命のやりとりは禍根が残る。できれば直接的にはやりたくない。そしてすぐに帰ってきてしまったことに関しては……」




 佐三はにやりと笑って「大領主にはいくらか包んだからへーき、へーき」と言った。


 ベルフは「やれやれ」と漏らしながら町の方を見る。とんぼ返りしてきたことは予定にはなかったこととはいえ、ベルフや町の人間にとってはよかったのかもしれない。現にイエリナは祭りの開催に間に合うことができたし、ベルフはタルウィの接待を一日でバトンタッチすることができた。それに祭りという人が大勢集まる時期に司令塔である佐三がいるといないのではまるで違う。ベルフも疲れているとはいえ、まだマシと言える状況に一定の安堵はしていた。


(ん?あれは……)


 ベルフは広場近くに人だかりができているのを見つける。赤いドレスに白い上着、おそらくイエリナであろう。余りよくは見えなかったが何やら楽しそうに話しているように見えた。


(少なくとも、前よりはマシになったみたいだな)


 ベルフはそう思い、何があったのか聞こうかと佐三の方を向き直る。しかし佐三の様子を見て特に何も言うことなく、また町の様子を眺めはじめた。


(俺やアイファへの指導や書き置き作り、そんでもって夜通し飛ばしてパーティーに行って、とんぼ返りして今まで主神教のお偉いさんの接待……そりゃそうか)


 ベルフは塔から飛び降り、政庁の屋根で勢いを殺しながら、地面に降りる。そしてゆっくりと歩き始めた。


(何が苦労をかけるだ。まったく……)


 ベルフは頭をかきながらゆっくりと町の見回りにでかけていった。










「サゾー様?こちらですか?」


 少しした後、塔の上にイエリナがやってくる。先程まで多くの住人に囲まれ、皆思い思いに自分のドレスについて褒めてくれた。それはとてもうれしく、心地よい時間であったが、町の長として佐三を探さねばと思って来ていた。もっともそれはどこか言い訳のような部分もあったのだが。


 途中で会ったベルフに聞いたらここにいると言われ、塔を上る。塔の頂上に行く前に簡単に身だしなみを整えてから、頂上に上がり、佐三の姿を探した。


 するとそこには壁にもたれながらすやすやと寝息をたてている佐三がいた。


「えっと……」


 イエリナはここにきて何をしにここへ来たのか考える。とりあえず指示を仰ぐ名目で来てしまっているが、佐三が寝ているのは想定外であった。


(起こしてもまずいだろうし……かといって部屋で寝るように言って、休んでくれるかと言われれば……)


 イエリナはどうしたものかと思案する。そのまま立ち去ることも考えたが、なんとなくとりあえずとばかりに佐三の横に腰掛ける。ここまでくると仕事とか長はもう関係なかった。


(はっ?!何やってるんだろ、私)


 イエリナはそんなことを考えつつもその場を動かない。ただじっとしながら隣の佐三の寝顔を伺っていた。


(そういえば寝顔をみたのも、はじめてかも……)


 イエリナがそんなことを考えていると、佐三がバランスを崩したのか隣のイエリナにもたれかかる。佐三の頭が自分の肩に乗り、イエリナは耳をピンと立て、固まってしまう。そしてしばらくそのまま座っていた。


(……っあ、そうだ。上着……)


 イエリナは佐三を起こさないようにゆっくりと上着を脱ぎ、佐三にかける。そしてまた静かに、佐三の寝息に耳を傾けていた。


 祭りの声が遠くからほどよく聞こえてくる。楽しそうな笑い声に明るい音楽、そのどれもが少し前では考えられないものでもあった。


 イエリナは静かにそれを感じながら、目を閉じる。そして隣から伝わる体温と相まって、イエリナも徐々に徐々に意識を手放していった。
















「イエリナ様―。サゾー様―」


 ナージャは二人を探しながら、塔を上る。せっかくの楽しい祭りなのだ。できれば好きな人達と回りたい。ナージャはそんな風に思っていた。


「イエリナさ……」


 ナージャは塔の上にまで上ると、不意に口を閉じる。そして何も言うことなく、そのまま塔を降りていった。


「あ、ナージャ」


 アイファがナージャに声をかける。


「イエリナ様、見つかった?」


 ナージャはその言葉に少し考える素振りをしてから答える。


「ううん。みつからない」


 アイファはナージャの様子に少し不思議がるも「そっか」とだけ答える。


「ねえ、アイファ姉さん。一緒にお祭り回ろう?」
「え?勿論良いけど、イエリナ様達はいいの?」
「いいの、いいの!さっ、行こう」


 ナージャはそう言ってうれしそうにアイファの手を引いていく。アイファもどこかうれしそうに「そんな急がなくても祭りは今日だけじゃないよ」と言ってついていく。






 騒がしい町の中、ただ二人だけが静かに寝息をたてていた。













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