異世界の愛を金で買え!

野村里志

身に迫る脅威









「クソッ!あの忌々しい“人狼憑き”め」


 男は酒を飲みながら悪態をつく。既に何本もの葡萄酒が空になっており、控える従者達もその様子に困惑していた。


 イエリナが治める猫の町よりも更に東南の方角に位置する領地、その小領主こそこの男であった。


 男が酒を飲み続けているとそこに一人の女性の従者がやってくる。少し茶色が混じった黒い髪に犬の耳が見え隠れしている。犬族の女であった。


「主様、飲み過ぎです。お体に触りますよ」
「うるさい、下僕のくせに意見するのか。ハチ!」


 男は空いた酒瓶を投げつけると、従者はそれを難なくキャッチして床に置き、再び頭を垂れる。


「ふん、獣人のくせに生意気よ」
「………」


 ハチと呼ばれる従者はただ静かに頭を下げ続ける。


「ハチ!あの人狼憑きを亡き者にする準備はできたか?」


 男は問いかける。


「主様、それは不可能かと」
「何?それをやるのがお前の仕事だろうが!」


 男はさらに酒瓶を投げつける。しかしハチはそれもなんなく処理する。


「お言葉ですが主様。貴方の従兄弟である方が、先程領地没収の憂き目に遭ったことは覚えておいでですか」
「ふん。アイツらしい最後だ」
「ですが領地の大きさで言えば主様より大きい領地をもつ小領主でした」
「俺をあの無能と一緒にするな」


 男は再び酒を開け、飲み始める。


「問題は彼がもつ軍事力です。従兄弟君は優秀ではなくとも積極的に軍隊の補強は行っていました。実際にその力で猫族の長を手に入れる寸前までいったとは聞きます」
「そうだ。そこまでいっておきながらしくじるとは、バカな奴よ」
「しかしそれができなかった。いくら商人でも、軍隊には敵いません。あの人狼憑きと呼ばれる男は、少なからず武力をもっています」
「それがあの一匹の人狼だと言うのか?」
「私の調べでは、そうです。あの人狼一匹で百を超える軍隊を簡単に追い返したと」
「………」
「それに大領主様へ筋を通して、従兄弟君は領地を奪われるまでに至りました。つまり政治力もあります。そこで無理に暗殺などを企てれば、痛手を負うのはむしろ此方の方です」


 ハチはまっすぐ視線を合わせながら主を見つめる。しかし男はそんなこと気にもせずただひたすらに酒を呷り続ける。


「だとして何だというのだ!それをなんとかするのがお前の仕事であろう!それともこの町に流れ着いたお前の一族、全員売り捌いてしまうか?」
「………御意に」


 ハチはそれ以上何も言うことなくその場所を後にする。


 男はそれを見ながら再び酒を飲み始めた。












 少し大きめの空き家に、男達が机や椅子を運び込んでいく。佐三は男達を指揮して、テキパキ物の配置を済ませていった。運び込まれていく物の中にはベルフにとって見慣れないものも多くあった。


「サゾー、ここに手の空いている女性達を集めて何をするのだ?」


 ベルフが問いかける。


「ああ。町の政務も大分効率化されて俺の手が空いてきたからな。新しい事業を始めようってな。そこで衣服の事業を始めようと思って」
「何故女性なのだ?」
「そりゃあ……この町の人口比率が女性に偏っているからかなぁ」


 実際の所佐三はそこまでは考えてはいなかった。ただ産業革命期に女性や子供が労働力になったイメージがそのままついて回ってしまっただけである。


「まあいい。しかし服を作るといってもそのような技術がこの町の人々にあるのか?第一材料が……」
「お、ベルフにしては頭が回るな」
「茶化すな、サゾー」


 ベルフが少し不機嫌そうに答える。


「悪い悪い。ただその辺の条件は大丈夫だ」


 佐三が続ける。


「材料はしばらく余所から買い取ってくるとして、人材は基本的にはヘッドハンティングだな。ドニーの債務者リストに紡績を生業にしている人間がいた。その男を連れてきてここで働かせる。その他にも衣服を作る職人を雇った。それをこの町の人間に仕込んでいく」
「よく引き受けたな。職人はプライドも高いだろうに」
「ああ。ほとんどは断られたよ。ただここ二年間で贔屓にしていたところがあったろ?」
「あそこのオヤジか?」
「そうだ。もう歳で弟子に店をあずけてしまったからな。それに独り身だから女性が多いこっちの町が魅力的だったんだろ」
「あのスケベオヤジめ……」


 そう言ってベルフは頭を抱える。


「しかしまあ、しばらくは家内制手工業を目指すぐらいかな。それに大規模には展開できない。人も金もまだまだ集まっては無いからな」
「かない……なんだって?」
「機械化はまだまだ遠いってことさ」
「……さっぱり分からん」


 ベルフは「また佐三がよく分からないことを言っている」といつも通り気にするのをやめる。佐三はそんなベルフを余所にさらに考えを巡らせていた。


(しかしこんなことだったらもっと繊維のこととか勉強しておくんだったな。当たり前に着ている服ですらよく考えたらどうやってできているのか詳しくは知らない。俺自身が紡績機の仕組みとかを知っていればもっと簡略化はできたんだろう。こうなってくるとイーライ・ホイットニーの”綿繰り機”すら偉大に思えてならんな)


 佐三はかつての偉人達の発明に改めて敬意を表せざるを得なかった。


(まあ無いならないで開発させればいいか。……しかしそうなってくると何年かかるやら)


 佐三は頭をかきながらこれからの道のりがまだまだ長いことを痛感する。


(まあ、千里の道も一歩からだな。俺に知識がある分進歩はずっと早くなるだろうし、まあそれ以前に途中で帰れるかも知れんしな)


 佐三はそんな風に考え、作業を見守る。






 身に迫っている脅威には今の段階では気付く余地も無かった。















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