異世界の愛を金で買え!

野村里志

ビビディ・バビディ・ブー







 待てよ……




 何でそんなに簡単に、他を選べるんだよ……




 俺の代わりは、お互いの代わりは、いくらでもいるってのかよ……




 答えろよ……




 父さん!母さん!












「畜生、なんて朝だ」


 佐三はベッドから身を起こし、ぼんやりとした意識を徐々に覚醒させていく。忌々しい夢のせいであろうか、全身からは汗が噴き出し、寝間着が身体に張り付いている。部屋は朝方のせいか非常に冷えており、汗と相まって身体が凍えるようであった。


「寒い、寒い。早く着替えないと。……にしても随分と汗をかいたもんだな」


 そう言って佐三は起き上がろうとする。すると不意に隣に温かいものがあることに気付いた。整った美しい銀色の毛並み。まごう事なき狼のものである。


「こいつ、なんで俺のベッドに侵入してやがる。暖を求めて本能的に来たのか?しかもよく見たら俺がどかしたのは掛け布団じゃなくてこいつだ。道理で暑苦しいわけだ」


 佐三は悪夢を見た仕返しの意味も込めて、軽く蹴りながらベルフをどかす。しかし気持ちよく寝ているベルフは佐三の蹴りなどものともせず、惰眠をむさぼっている。


「まったくこいつは幸せそうだぜ」


 佐三はそんなことを言いながらベッドから立つ。もっとも佐三自身これまでベルフと過ごしてきた中で彼のことは少なからず知っているため、本心からそんなことを思えてなどいなかった。


(飯の前に軽く仕事をしておくか。やっておきたいこともあるし、嫌なことを思い出しちまったからな。手を動かしていたい)


 佐三は素早く着替えると、足早に政務室へと向っていった。














「あ~、おはよう」
「何がおはようだ、もう昼が近いぞ」


 政務室にベルフが来る頃にはすでに日は高く昇っていた。ベルフは眠そうに頭を掻きながらソファに座る。既に人間の姿に戻っており、何故か頭に寝癖がついていた。


(何故狼の姿で寝ていて、人間の頭に寝癖がつくんだ?)


 佐三はそんな下らないことを考えても仕方ないと、頭を振り、仕事に集中する。この世界で生きていると小さな疑問が次々に現れてしまい、気にしていられない。


(脳天気な奴め。まあ今は良しとするか)


 佐三はのんびりしているベルフを横目にペンを走らせ続けた。














「イエリナ、良いの着てるな。暖かそうだ」


 ベルフが身体を縮こまらせながら、意識を覚醒させると、イエリナがいつもとは違う恰好をしていることに気付いた。


「これは……、サゾー様にいただいたんです」
「へえ。これはまた豪華そうなものを」


 ベルフはそう言って佐三の方を見る。佐三は「なんだよ。俺の金で買ったんだぞ」と少し的外れなことを言っている。


「これと、もう一枚もらいました。一枚は普段使いで、もう一枚は少し薄くて私のドレスに合うようなものを」
「よく似合っているじゃないか。サゾーにしちゃ悪くないセンスだ」
「おい、余計な一言が聞こえてるぞ、ベルフ」
「事実だ。少しは受け容れろ」


 ベルフはそんな軽口を叩いて、イエリナの様子を見る。ベルフに褒められたことより、その上着を着ていることに落ち着かない様子であった。その態度でイエリナが佐三を意識していることは簡単に分かった。


(といっても好きとか嫌いとかって話じゃ無く、申し訳なくて戸惑っているといったところか)


 ベルフはソファに深く腰掛けて佐三とイエリナ、二人の様子を観察する。


(大方佐三はこれでイエリナを怒らしてしまったことはチャラにできたと思っているんだろう。そんでもってイエリナはイエリナで唐突にもらったプレゼントに上手く礼も言えず、その上叩いたことも謝り損ねてもいるってとこか)


 この時、ベルフの読みは素晴らしく冴えていた。そして二人の態度からベルフも自分の考えが多かれ少なかれ当たっていることを感じ取った。


 ベルフは佐三がよこした指示書と、計画書に目を通す。夜間の警備とその配置、夜盗取締とその注意すべき地区、今後の方針等がわかりやすく書いてあった。佐三の指示はその目的がわかりやすく、手段も具体的に指示してくれており、動く側としても非常にやりやすく感じていた。


(しかしその頭がどうして女心に向けられないものか)


 ベルフは大きく息を吐き、指示書を懐にしまう。自分の仕事は基本的には夜が中心である。そのためにも英気を養っておかなくては。ベルフはそう考えながら目をつぶる。耳からは呑気に鼻歌を歌いながら書類を捌いている佐三の様子がうかがえる。


(脳天気な奴め。まあ今は良しとするか)


 ベルフは目を閉じて、夢の世界へと誘われていった。
















「あの、サゾー様」


 一日の仕事が終わり、各々が書類を片付けているとイエリナが佐三に声をかけた。


「どうした?」
「その、秋に祭りが開かれることをご存じですか?」
「祭り?知らないな」


 佐三はこれまで仕事に追われてきたため、祭りのシーズンは全て何かしらの商売に出かけていた。そもそも今まではほとんどを移動に費やしていたため、この世界で行われている行事と言うものについてはほとんど無知であった。


「じゃあ、この町での催しの準備をしなければいけないということか」
「あ、いえ。そうではないんです」
「?」
「基本的にこの町の催しは全部町の住人がやってくれます。ただ大領主様の領地で、パーティーが開かれるんです」
「成る程、それにイエリナが行くのだな」
「はい、できればサゾー様にも……」
「わかった。服を仕立てておこう」
「それと……」
「何だ?」


 佐三はまっすぐイエリナを見る。イエリナは言葉が上手く出ず「いえ、なんでもありません」とだけ答えてその場を後にした。


 そばで見ていたベルフはイエリナが去った後に佐三の背中を「ボンッ」と叩いた。


「何すんだよ」
「すまん、つい」


 ベルフは理由にもなってない理由を話し、そのまま政務室を後にした。


(サゾーはサゾーで鈍いところがあるが、あの女もあの女で問題があるな。これは男慣れの問題か?)


 狼の受難は今しばらく続きそうであった。






 パーティーまであと一月。















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