異世界の愛を金で買え!
閑話 その鏡に映るのは
日が短くなり始めた。
おそらくこの世界にも季節というものがあるのだろう。これで三度目の冬を迎えるが前の世界同様日は短くなり、気温は下がっていった。
(そもそもここは別の世界とかではなく他の惑星なのか?)
佐三はそんなことを考えながら、昼食のパンをかじる。安物のパンだけあっていくらか硬く、パサパサしていた。
(まあ背に腹は代えられないか)
佐三はいそいそと硬いパンを口の中に放り込む。いくらか涼しくなった風が部屋の中へ舞い込んでいた。
「うーん、何考えてるんだろう」
佐三が一人で食事をしている後ろで、可愛らしく隠れている少女がいた。
(イエリナ様のためにも、ナージャがなんとかしないと)
そんなことを考えながら少女は注意深く佐三を観察する。あくまで本心を探るために、静かに背後から見ていたナージャではあったが、その様子は帰って目立ち、見る人の注意を引きつけていた。
無論佐三も例外ではない。しかし佐三は佐三で「少女の可愛らしい戯れであろう」と特に気にもとめなかった。
(なんとしてもサゾー様がどう思っているのか調べなきゃ)
ナージャは可愛らしくひょこひょこと耳を動かし、引き続き佐三の様子を観察していた。
(そろそろ声をかけるか)
幾日か過ぎた頃、佐三は昼食をとるため町の広場へと向っていた。そしてナージャがついてきていることに気付き、いつまで経ってもバレバレの尾行をやめない彼女にしびれを切らし、声を掛けることにした。
「ナージャ、俺になんか用か」
「ひゃい!?」
唐突に後ろから声をかけられたナージャはつい驚き、変な声が出てしまう。
(急にサゾー様がいなくなったと思ったら後ろにいた?!)
ナージャは目をぱちくりとさせながら佐三を見上げる。佐三は呆れた様子でナージャを見つめていた。
「ここ最近、ずっとついてきただろ?なんか用があるんじゃないのか?」
「げっ?!バレてる……」
「そりゃあ、バレるな。お前は賢いんだが偶に抜けてるところがある」
佐三はやれやれといった表情でナージャの頭を「わしゃわしゃ」と強めに撫でる。ナージャは気持ちよさそうにする一方で、途中で「しまった」と佐三の手を振り払った。
(どうしよう。直接聞いたら正直には答えてくれないし……)
腕を組みながら返答を待つ佐三に対して、ナージャはどう話すべきか考えあぐねる。
(サゾー様は色々話してくれるけど……。どこかわからない所も多いし……)
子供、特に女の子は感覚が鋭い。ナージャはなんとなくではあるが一見気さくに見える佐三が本心をあまり晒さないことを知っていた。さらには直接「イエリナ様が叩いてしまったことを気にしている」と言ってしまうことが野暮であることも。直接なんでもはっきり聞いてしまえば、表面だけ取り繕われてしまう。そんなところまで踏まえてナージャは考えていた。
抜けているようでも、やはり少女は大人である。
「いや、なんか最近変だな~って」
「変?何がだ?」
「サゾー様もイエリナ様も、いつもと様子が違う気がするな~って」
ナージャは佐三の目をしっかりと見ながら話す。完全なでまかせではあるがもう後には引けなかった。
「そうか?俺はいつも通りだが……」
佐三はそう言いながら袋からパンを取り出し、口に放り込む。立ちながら食べることは褒められた行儀ではないが、経営者として忙しくしていたときからの癖で座ってじっくりと食事をする機会は減っていた。そういう意味でその動作は自然ではあった。
「そう、それ!」
ナージャが指を指す。
「最近、サゾー様同じものばかり食べてる。しかも硬いパン」
ナージャはなんとか見つけられたと安堵しながら佐三の回答を待つ。
「ああ、そりゃ金がねえからな」
「へっ?」
ナージャは佐三の思いがけない返答にまた変な声が出る。
「サゾー様、お金いっぱい持ってるんじゃ……」
「俺が?まさか」
佐三は軽く笑いながら続ける。
「俺はこの町ではあくまで従業員として働いた分しかもらっていない。イエリナはこの町のお金に対して裁量はあるけど、俺は基本的に俺が働いた分しかもらってないな。まあそれでもナージャや他の従者よりはちょっとばかし多いがな」
佐三は「にやっ」と笑いながら少しばかりと指でジェスチャーする。佐三はいくらか多めにもらっているぞと伝えたかったのであろうが、ナージャが受けた印象は真逆であった。
(サゾー様、この町で一番偉いくらいなのに……)
ナージャは佐三がこの町で一番のお金持ちなのだと思っていた。それだけに佐三が金をうけとってはおらず、節約していることには驚きであった。
「でもなんでそんなに節約してるの?お給料は多くなくても、一応もらってるんだから、そこまで節約しなくても……」
「ああ、それなら……」
「サゾーさん!お待たせしました」
佐三とナージャが声のする方を向くと、高齢の犬族の男性がそこにいた。
「長老!お久しぶりです。迷いませんでしたか?」
「いえいえ、これぐらいの距離、なんてことありませんよ!」
犬族の長老はうれしそうに佐三に挨拶する。
「サゾー様、こちらの方は……」
「ああ、ナージャ。こちらの方は北方の山脈で犬族を取り仕切っている長老だ。今は俺の事業を任せている」
「はじめまして、お嬢さん」
丁寧に挨拶してくれる長老に、ナージャも慌てて挨拶する。
「して長老、最近の事業の様子はどうですかな?」
「それがですな……」
挨拶を終えると二人は楽しそうに話を始める。その内容は難しい上に回りくどく、ナージャにとってはとても興味の持てるものではなかった。
(今日は、もうあきらめよう……)
ナージャはそう思い、その場から立ち去ることを考える。結局佐三がどう思っているのかは糸口も掴めずじまい、そう感じていた。
「ではサゾー様、私はこのあたりで……」
「ああ、ナージャ。ちょっと待ってくれ。長老、例のものを……」
「ああ、そうでしたな」
そう言うと犬族の長老は大きな荷物の中から大きな袋を取り出し、中のものを出して見せた。
「わー!きれい!」
ナージャは取り出されたものをみてつい感嘆の言葉をあげる。それは白を基調とした外套であった。
「上着にも膝掛けにも、幅広く使えますし何より保温性も高い。良い品です。ただ獣人にも合うようにとのことだったのでそれなりに値が張りました。もっとも佐三様からお借りしている事業で手に入れた金にくらべれば微々たるものですが」
「おお、これか。よくできているな」
佐三は長老から外套を受け取り感触を確かめる。
「サゾー様、これを買うためにお金を貯めていたの?」
ナージャが質問する。
「まあ、そんなとこだ。わざわざ長老には都市の方にまで出張ってもらったが、その価値はあったな。ありがとう、助かった」
「いえいえ、お金もいただいてますし。何よりサゾー様の事業のおかげであの村々の治安はよくなっております。これぐらいお安いご用です」
長老はうれしそうに謙遜しながら、袋を佐三に手渡した。
「じゃあ、ナージャ、これを頼む」
「え?」
佐三は外套を袋に入れてナージャに手渡す。
「イエリナに渡しておいてくれ」
佐三はそうとだけ言うとまた長老と談笑を始める。
「ちょ、ちょっと、サゾー様」
「なんだ?ナージャ」
「これ、イエリナ様のなの?」
「?そうだが」
佐三はきょとんとした顔でナージャを眺める。ナージャも何が何だか分からない様子であった。
「だってサゾー様お金がないって……」
「別に無いわけじゃない。ただそれを仕立ててもらうのに結構な額をつかっただけだ」
「でもイエリナ様のだったら、サゾー様のお金じゃ無くても……」
「いや、町の金を使うわけにはいかんだろ。税金だし。それに……」
佐三は続ける。
「イエリナは割と寒がりだろ?たまにくしゃみしてるし。だから俺が前に頼んでおいたんだ。急ぎの発注には現金がいるからな。俺の金を使うのがベストってわけさ」
佐三は親指と人差し指で円を作りながら「ニシシ」と笑う。無論それは佐三しか分からない「お金」を意味するジェスチャーだがナージャには既にそんなことはどうでもよかった。
「そういえばナージャ。なんか聞きたいことがあったんじゃ……」
佐三がナージャに尋ねる。
「ううん。もう必要なくなっちゃった」
「ん?そうか。ならいいんだが」
「あとこれも、返す。サゾー様から渡してあげて」
「ん、ああ。それもそうか」
ナージャは袋を押しつけるように佐三に渡し、回れ右して走って行った。
(『会計は鏡』)
ナージャはかつて佐三に話してもらった言葉を思い出す。その足どりは既にどこまでも軽く感じられた。
少しつかみ所の無かった佐三の姿が、鏡を通して少しだけ分かってきた。
ナージャはそんな気がしていた。
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