異世界の愛を金で買え!

野村里志

閑話 昼は短し、駆けろよ狼









「なんでまた人を乗せなきゃならんのだ」


 ベルフは道を疾走しながら、小さくこぼすように呟いた。


「しょうがないだろ。そもそもイエリナやナージャには何も伝えずに出てきてしまってるし、やらなくちゃならん仕事もたくさんある。一刻も早く帰るにはこれしかない」


 佐三が上からベルフに伝える。いくらか乗ったせいか少しばかり乗りこなしがうまくなっていた。


「そりゃぁ、そうだが……」
「俺だって乗り心地が良いわけじゃないんだ。我慢しろ」
「じゃあ、乗らなきゃ良いだろうに……」
「タイム・イズ・マネーだよ、ベルフ。時間は何物にも代えがたい。お金にさえもな」


 ベルフはやれやれと言った形でそれ以上は何も言わなかった。人狼の感覚として、人間を乗せるのは馬やロバの仕事であり、今の状況は馴染まないものはある。しかし今背中に乗せているこの男を見ていると、自分のそういった価値観がまるでちっぽけに見えてしまうこともまた事実であった。


「なあ、サゾー」


 ベルフが声をかける。


「なんだ?」
「今回のこと、どこまで考えていたんだ?」


 ベルフのその言葉には様々な思いが込められていた。佐三が何を考えたのか、否定的であった佐三が何故態度を変えたのか、等々である。


 無論佐三もその事はわかっていた。ベルフに手を借りている以上話す義務はあると思っていたし、話さない理由もなかった。


「経済学的に言えば……、短期的な損得勘定で言えば、助ける理由はなかっただろう」


 ベルフは何も言わずに走り続ける。しかしその態度、わずかに観察できる耳の動きなどから佐三は話を聞いているとわかり、そのまま話を続けた。


「お前に調べさせたように、アイファに弟妹がいて、保護者がいないことがわかっていた。お前の耳なら内容はまだしも、家の中にいる人数と特徴ぐらいなら掴めるだろ?だからお前にアイファを村まで送ってもらったんだ」


 ベルフは初めてアイファを送り、村にまで来たことを思い出す。あの日、アイファに前金を渡すと共に、アイファを村まで送り届けた日のことである。佐三から受け取った指示書には使う金庫と、渡す金額、それに加えて村での指示が書かれていた。


 『アイファの身辺調査。具体的にはアイファの家族構成を調べて欲しい』


 そう書かれていた指示書の意味はベルフにはさほど分からなかった。というよりはさほど気にはしなかった。「一応把握しておこうか」程度に確認しているのだと思っていた。


だから佐三がこういった状況を想定しているとはベルフには全く予想できなかった。自分の懸念よりも、ずっと先を佐三は見越していたのである。


もっとも佐三がこうした状況に対して備えるのは、元のいた世界における様々な経理の不祥事を知っていることが大きい。資本主義が発達していないこの世界で、なおかつ村でそだってきたベルフのような人間が、経理の安全性に関してすこし無頓着なのはしょうがない部分でもある。


「それで……まあなにかトラブルがあっても大丈夫なように、予防線を張っていて、それが起きた。まあリスク管理みたいなものだな。だからあんまり気にもしなかったんだ」
「じゃあ、なんで盗みをさせたんだ?事前に止めれば……」
「馬鹿言え。リスクを考慮してても、本当にトラブルを持ち込むとまで思ってなかった。だから被害を最小限にとどめる準備ぐらいしかしなかった。実際今回の事件はイレギュラーみたいなものだったしな」


 佐三が続ける。


「いずれにせよトラブルの種をもっている人間に、経理という重要な部門が依存しちゃまずい。トラブルじゃなくても、急に辞めるとか言われたときのために、マニュアルも作っておかなくちゃならない。それに……」


 佐三は少し頭をかきながら口ごもる。なんとなく気恥ずかしい感じがしたが言わないのも不自然かと、口を開く。


「正直、あんまりアイファが悪い人間には見えなかった。だからあの程度の金、くれてやっても良いって思ったんだよ。町の金って俺は言ったが、あれは既に俺自身の金と入れ替えてある。他の金庫をみて勘定すれば、何一つ町の金は動いちゃいない」


 佐三はそうとだけ言うと、話をやめた。自分の毛をつかむ腕からはどこかしら恥ずかしさが伝わってくる、ベルフはそう感じた。


(やれやれ)


 ベルフは軽く首をひねり、上に乗る佐三を見る。佐三は頬を掻きながら周りの景色を見ていた。自分が乗せているその男、松下佐三の魅力をベルフは今、垣間見た気がしていた。


「じゃあ、なんで追いかけることにしたんだ?」


 ベルフが質問する。


「それは簡単だ。追いつけると判断したからだ」
「どういうことだ?」
「アイファは昨日の夜まではこの町にいた。そして町の外は暗いし、危険だ。平坦な道が長く続くせいで方向も見失いやすい。だからアイファは夜に盗みに入り、朝一で町を出るだろう。だとすればお前の足で追いつく。」
「成る程」
「さらには羽ペンを忘れていった。あれがあったおかげでお前は万が一彼女が別の場所へ逃げている可能性があっても追跡できる。もっとも今回はそんなことはなかったが。……いずれにせよ簡単に追いつけると分かったんだ。報復をするにせよ、見逃してやるにせよ、けじめはつけておきたい。それに挨拶もなしに別れるのはどこか思う部分があるからな」


 佐三はそこまで言うと、それ以上は言わなかった。それにベルフもそれで納得することにした。


「それじゃあ、急いで帰りますか。イエリナや嬢ちゃんが待ってるしな」


 そう言ってベルフは更に加速する。


「まままま待て、それ以上揺らすな!ケツに……響く!」


 佐三がベルフを叩きながら何か必死に訴えている。しかしベルフはスピードを緩める気にはならなかった。


「タイム・イズ・マネーだよ。サゾー。早くしないと日が落ちる」


 そう言ってベルフは一層の力をこめて大地を蹴り、駆けていった。























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