異世界の愛を金で買え!

野村里志

思惑、巡って







日は落ち、辺りはすっかり暗くなった頃、まだ佐三はイエリナと共に政務室にいた。ベルフはアイファを送って南の村まで行っているので帰りはもう少し遅くなるであろう。現実の世界とは違い夜は危険ではあるが、ベルフがいる限りは安全である。


佐三の仕事は既に終わっており本来であれば自室に戻ってゆっくりと過ごしている時間であった。今現在イエリナの部屋の模様替えが終わっていないため佐三は別室でベルフと共に住んでいる。いつもであればベルフと共に部屋の椅子に座りぼんやりと時間をつかっている頃であった。


しかし殊今日に限ってはそうではなかった。佐三は佐三で昼間にベルフに言われたことが少し気になっていたためである。


『向こうにだってもしかすれば好き合っている男がいたかもしれない』


(こればかりは、全くもってその通りだな)


 佐三は自分がしたことに対して後悔はしていなかった。自分のために必要と思われる行動をし、それも人道に則った行いをしている。しかしだからといって自分の行動の全てを肯定しきれる程佐三は利己的ではなかった。少なくとも自分の利益のためにイエリナとの関係において現在のパワーバランスを構築したことはその行いの否定はしないものの、自分が少し独善的であったことをどこか後ろめたくも感じていた。


 佐三は気付かれないようにイエリナを見る。イエリナは自分の机で黙々と書類仕事を行っている。猫目だからであろうか。ろうそくのわずかな明かりではあるもののその仕事ぶりは佐三とは違い昼間同様に感じられた。


(なんか、拍子抜けするほど聞き分けがいいな)


はじめてイエリナにあったときのイエリナの印象は今とは少しばかり違っていた。あのときは町の長として威厳をもって接していたためであろう。立ち振る舞いはもう少し堂々としており、頼れる姉御肌といった印象を受けた。今はどちらかと言えば貴婦人と言ったような、貞淑な女性といった様子であった。かつて日本でもてはやされた大和撫子。男をたてる妻としての振るまいといった印象を佐三は受けた。


「なあ、イエリナ」
「何でしょう、サゾー様」
「あ、いや、何でもない」


 顔を上げ返事をするイエリナに、佐三は視線を逸らす。


(いかんいかん、俺は何を聞こうとしていたんだ)


 佐三は自らが口に出しそうになった言葉を飲み込む。それは「俺と結婚して良かったのか?」であったか、それとも「好きだった相手はいたのか?」だったのか。いずれにせよ聞いてどうにかなる問題ではない。


(俺が婚姻を半ば強制しておいて一体何を今更)


 佐三は自分の頭に手を当てて冷静になるように努める。そんな佐三の様子を見てイエリナは少し不思議そうにしていた。


(いつもあれだけはっきりと話していたのに……どうしたのかしら)


 イエリナは自分なりに佐三の考えを推察する。それはここ最近の懸念の故だろうか。その思考はよりマイナスな方向へとシフトしていた。


(ひょっとして私が用済みになっていることを遠回しに伝えようと……)


 イエリナは「はっ」となって佐三の方を見る。そして再びイエリナの方を向いた佐三と目が合った。


(やはり……サゾー様はどこか申し訳なさそうな表情をしている)
(イエリナはどこか辛い表情をしているな。それもそうか……)


 夫婦はどこまでもすれ違ったまま、夜は更けようとしていた。










「ベルフ様、送ってくださりありがとうございます」
「いや、夜道は危険だし距離もあったのだ。当然の計らいだ」


 アイファは丁寧にお辞儀をして自分の家へと帰っていく。


(あの家がこの娘の……)


 ベルフはアイファの家を観察する。簡単な借り家なのだろうか。何世帯かの人が合同で住んでいるようであり玄関がいくつかあった。外見はみすぼらしくはないものの、装飾といったものは見受けられず、極々普通の家屋と言った感じであった。


(これ以上ここにいてもしょうがないか)


 ベルフは馬車の馭者に報酬を払う。馭者はベルフに礼を言うと村の宿へと歩きはじめた。どの村にも基本的に旅人や馭者が夜を明かすことのできるような民家があり、馭者は今晩そこで泊まるのである。ベルフはそれを見届け、一人村の外へと向っていく。馬車が夜道を走るのは危険だがベルフ自身が走って帰る分には問題なく、むしろ馬車よりはずっと速かった。


(腹が減ったな。帰ろう)


 少しして村の外で狼の遠吠えが響いた。












「姉さん、今外で狼の遠吠えが聞こえたね」
「この村にも入ってくるかな?」


 遠くから聞こえてきた遠吠えに、弟妹達が心配そうにアイファに聞いてくる。


「大丈夫よ。きっとあれはベルフさんの声だから」
「ベルフさん?」


 一番年長の弟が聞いてくる。


「うん、今度姉さん北の町で働くことになったの。それで送ってもらったの」
「姉さん、しばらくいなくなるのか?」
「うん。帰ってくるのは十日毎になると思うけどそれまではあなたたちでやっていくのよ」
「でも……」
「しっかりしなさい。男でしょ」


 アイファは弟に自覚を持つように言う。身体は大きくなってきたが13はまだまだ子供である。


「前金でこれだけお金もらったからこれで生活しなさい。貴方たち全員分の食費を合わせても10日以上持つわ」
「え、こんなに……」
「使いすぎちゃだめよ。それと……」


 アイファは小さな声で弟に耳打ちする。


が来たら、とりあえずそのお金を渡しなさい」
「っ!?………わかった」


 弟はそう言って硬貨の入った袋を受け取り、床の下に隠した。


(何もないといいけど)


 年長の弟を除き、弟妹達は皆窓から遠吠えのした方向を眺めていた。そんな弟妹達をみながらアイファは静かに考えを整理していた。


(金庫の位置は把握した。鍵の種類も……。それに運の良いことに財産の管理の仕事を任せてもらえるようなことを話していた。そっちの方面からも可能性はある)


 アイファは今日の出来事を思い返していく。


(あの町は……領主こそイエリナ様だけど、実権は佐三様が握っている。佐三様とイエリナ様の関係は今のところさほど親密なようには見えなかった。佐三様に取り入ることができれば、あるいは……)


 アイファは大きく息を吐いて心を落ち着ける。自分のため、弟妹達のため、しくじるわけにはいかなかった。


(お金が要る。何としても)


 弟妹達を見つめながら、アイファは決意を固めていた。













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