異世界の愛を金で買え!

野村里志

男達の恋バナ

 






「さて、どこかにいい人材はいないもんかねぇ」


 佐三は仕事に区切りをつけソファに腰を下ろす。机を挟んで向かいのソファにはベルフが気持ちよさそうに寝ていた。秋の季節のほどよい風は佐三に心地よい涼しさを佐三達に提供している。


「もうじき日が落ちるな……。日が落ちると同時に仕事をやめなきゃならんのは改めて電気や電灯という発明の偉大さを思い知らされる」


 この場所は元いた世界でいうところの中世から近世にかけての文明のレベルであろうか。夜は暗く、人々は基本的には陽の動きに合わせて行動していた。


(つってもこれが普通か。元いた世界だって日本以外の多くの国はそうやって生きてるんだ。現代の大都会に生きているとつい普通のことをわすれてしまう)


 佐三はそんな風に自分を省みながらぼんやりとおちていく夕日を眺めていた。


「なあ、サゾー」
「うわ、びっくりした」


 急にベルフが目を開け佐三に声を掛ける。


「別に寝入っていたわけではない」
「だとしても急にくるな。びっくりする」
「……無茶言うな」


 ベルフは身体を起こして佐三と向き合う形で座る。ベルフはいくらか佐三に聞いておかねばならないことがあった。


「なあ、サゾー」
「何だ?」
「お前、あの女のことどう思っているんだ?」
「また思春期の少年みたいな話がはじまったな」
「?」
「いや、こっちの話だ」


 佐三はベルフの質問について考える。ベルフが言いたいのはイエリナのことであることは佐三にも分かったがその質問の意図までは分からなかった。


「イエリナはよくやってくれている。長としても、そして嫁としても。特に文句はない」
「愛してはいるのか?」
「また随分センチメンタルなことを聞くな」
「茶化すな。真面目な話だ」


 ベルフが思いのほか真剣な表情をしていたため、佐三も少し真面目に考える。


「そりゃあ、まあ愛しているかな」
「………今はそれで良しとするか」


 ベルフはそうとだけ答えて黙り始めた。佐三のその言葉にいかほどの気持ちがこもっているかは知れたものだがそれでも言わないよりはましであった。


「何でまた急にそんなことを?」


 佐三が問いかける。


「割と硬派なお前にそんな話をされるとは、正直意外だった」
「別に俺もそう言った話をする方ではない。むしろ女が好んでするような話だ」
「じゃあまたどうして?」


 佐三は分からないような顔をして質問してくる。ベルフはなんとなくではあったが佐三もある程度分かっているのではないかと感じていた。


「いや、別にな。男が話すような話ではないが、かといって夫婦の間で好き合っている気持ちがないのも問題ではないのかと思ってな」
「……そりゃけっこう。しかし俺の場合は契約だからな。そんなに気にすることでもないだろう」
「だが向こうもそう割り切っているとは限らんぞ」
「………」


 佐三はベルフの言葉にうまく返事が浮かばなかった。


「向こうにだってもしかすれば好き合っている男がいたかもしれない」
「それは……いずれにせよしょうがないことだろ。小領主のところに嫁ぐよりはマシだ」
「だとしても意志を無視していることに変わりはない」
「それはそうかもしれんが、見合いだって、親の決めた結婚だって、必ずしも不幸なわけではない。むしろ多くが幸せに暮らしている」
「それは……」


 ベルフ続きの言葉をぐっと飲み込んだ。


「それはあくまでお互いが支え合って生きていく場合の話」。それをいってしまえば答えのようなものであった。直接的であり、佐三は意図を察するだろう。佐三は周りにもわかりやすく関係の構築を図っていくはずだ。しかしそれは見せかけるだけで本当の意味で夫婦にはならない。それどころか周りからすれば一見して夫婦関係としてはより正常であるために余計に質が悪い。


(もう少し俺に語彙力があれば上手く伝えられるのだろうが)


 ベルフには言葉では上手く言い表せないモヤモヤが頭にたまっていた。人狼族の男は多くを語らないことを是とする。それだけにベルフは今の自分がとてももどかしく感じていた。


「いや、やっぱり忘れてくれ」


 ベルフは呟くように話す。ここで佐三が変にイエリナに気を遣えばベルフが思うような関係にはならない。


「ただサゾー。忘れないでくれ。好きな相手と結ばれないことも悲しいことだが、それ以上に、自分が必要とされないこと、自分の居場所を失ってしまうことの方がずっとずっと辛いってことを。これは男も女もかわりない」
「………すまん。思い出させちまったか」
「気にするな」




 佐三とベルフはしばらくの間黙っていた。佐三は落ちていく夕日を、ベルフは机の上に飾られた花を見つめながら静かにしていた。


(赤と白の花……あの聡い少女がとってきたものか)


 ベルフはナージャのことを思い起こす。ナージャの懸念について、ベルフなりに考えてもみたがどうにも解決策が思い浮かばなかった。


(だがサゾーはバカではない。それどころか俺よりもずっとずっと頭が回る。仮に女心が分からんとしても、俺が言わんとしていることぐらい分かるような気がするが……。それとも分かっているのにできない理由があるのであろうか)


 ベルフは煩わしそうに頭をかく。「どうしてもっとわかりやすくできないものか」ベルフはそんな風に感じていた。


(ん?)


 そんなとき丁度、廊下から見知らぬ臭いがした。足音と臭いから二人こちらに向ってくることが判別できた。


「サゾー。誰か来る」
「誰かって?」
「イエリナともう一人、知らない女だ。それも人間の」
「人間?普通のってことか?まあこの町にもいないわけじゃないからな」


 二人が話していると扉をノックする音がする。佐三は「どうぞ」と言って入室を促した。


「あの、サゾー様。仕事を紹介して欲しいという方が来てまして……。さ、アイファさん」


 イエリナに促されて若い娘が前に出てきた。


「はじめまして、佐三様。ここより少し南の村よりこの町に来ました、アイファと申します。是非ここで雇ってもらいたくて参じました」


 娘ははっきりと、そして可愛らしい声でそう告げる。大きくぱっちりと開いた碧の瞳に、亜麻色の髪。そのアイファの挨拶からは年相応の元気とかわいらしさを見て取ることができ、第一印象としては申し分ない娘に感じられた。


 ただ一人を除いては。


(この女、何か嫌な予感がする)


 ベルフはその口ぶり、声のトーンから何か嫌なものを感じていた。それは理屈でもなんでもなく、鋭い感覚から来る本能ともよべる感覚だったかも知れない。


 またもや上手く説明できない、得も知れぬ不安を抱きながら突如として現れたその娘をベルフは静かに見つめていた。















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