運送屋の交流記

ねんねこ

06.

 ***


 潮風。少しだけ苦手な磯の匂いが鼻を突く。


「ねぇ。ねぇ、もしかして態と?」
「……あれっ」


 海である事は間違い無いものの、視界には人工的な明かり。先程まで真っ暗な場所にいたせいで目が痛い。何故、室内に入った?
 疑問はすぐに氷解した。船のように揺れるその感覚は覚えがあったのだ。


「もしかして、ここ、境海迷宮――1階?」
「そうでしょ、どう見たって。この間とは様子が変わっているみたいだけど」


 間違い探しが下手クソな私でもすぐに分かった。部屋は変わっている。範囲が広すぎるが、まるで女の子の部屋みたいな。
 白い机にふんわりとしたシートの椅子。白いベットは可愛らしい意匠が施されている。壁一面にはコルクボード。ただし、何か飾られてしかるべきスペースはまっさらだ。


「凄い、この部屋住みたい!何かさ、秘密基地みたいで良いよね!」
「随分と小綺麗な秘密基地だね。もっとこう、洞穴みたいな場所に造るもんじゃないの?秘密基地って」
「それは妥協だよ、イザークさん。本当は綺麗な基地を造りたいけど、場所が無いし道具も無い人達のね。いいなあ、誰か住んでるのかなあ」
「管理人がいるでしょ。迷宮なんだから」
「私の好みドストライクなんだよね。この隠蔽率と良い、自由性があるところと良い。あとはもっと床と天井は落ち着いた色にしてくれれば完璧。ちょっと白過ぎるよね、ここ!」
「まあ、まるで病院だなとは思ったよ」


 それにしても、迷宮には用など無かったはずなのに何故ここに着地してしまったのか。惹き寄せられるような感じはあったが、しかし気のせいだと思っていた。


「まあ何でもいいや、元行こうとしてた場所に移動しよう。イザークさん」
「イザークさん、じゃなくて君が失敗したから僕等はここにいるんだけどね」


 イザークさんの手を取り、再び移動する。
 今度こそ海上に出た。先程とは比にならない磯の匂いが漂っている。夜の海、と言うのは星以前に酷く不気味だった。
 絶え間なく響く波の音。底の見えない真っ黒な海水。明かりは空に浮かぶ月と星くらいしか無い。もし、今、海に落ちたら。考えるだけでゾッとする。この海の底に何か巨大な生物がいて、私が海水に一度浸かろうものなら目の前に現れ、何か良からぬ事をするのではないかという漠然とした不安が頭から離れない。


「海じゃなくて空を見れば?星を見に来たんだよね」
「そ、そうだよ!流星群!」
「いやあ、海ばかり見ているからてっきり海水浴に来たのかと思ったよ」


 海水と同じ色をした空にはやはり星が燦然と輝いている。時折流れる流れ星が空に更なる彩りを与えているようだ。
 私はカメラを構え、空を撮ろうとして――その動きを中断した。
 このままカメラを上に向けて写真を撮れば、砂漠で撮ったものと同じ写真が撮れてしまう事だろう。それでは、わざわざ場所を変えた意味がないというもの。
 ――水平線を撮ろう。
 海と空が交わる地点。きっと誰も撮った事が無い写真に違い無い。


「砂漠では地平線を撮れば良かったなあ……」
「君、馬鹿みたいにレンズを完全に真上に向けて撮ってたからね」
「気付いてたのなら言ってよ……!」
「星空じゃなくて、流星群を撮りに来たのかと思って」


 シャッターを切る。酷く不思議な気分だ。明るい時間よりずっと、空と海の区別が付かない。このままここに立っていたら二度と昼を拝めなくなるのではないだろうか。


「もういい?帰ろうか。あまり遅くなるのも良く無いし」
「いきなり健全だね……」


 しかし、ずっとここにいると頭が可笑しくなってしまいそうだったので、私は大人しくイザークさんの言葉に従った。



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