運送屋の交流記

ねんねこ

02.

 ***


 地下1階。
 そこは1階のただの洞窟とは打って変わって、まるで室内のようだった。というか、見た目は完全に室内だ。
 床にはパステルのカラフルな色をしたタイルが敷き詰められている。タイルの目が粗いと言うレベルではなく、1つのタイルに人が2人はゆうに乗れるだろう。そして壁はやはり白を基調にしたパステルカラーの水玉模様。目にとても優しい。
 天井はかなり高い。体感、階段をかなり下りたと思ったが本当に高い。3階建てくらいの高さはあるだろう。壁にぴったりとくっついた階段が小さく見えて頭が混乱する。そんな部屋というより体育館くらいの広さを持つ部屋には所狭しと玩具が放置されていた。
 ビニールのボール、ガラガラ、玩具の車、積み木、滑り台――
 それら全てが巨大だ。巨大なのか、私達が縮んだのかは判別出来ないが、玩具は全部が全部私の身長より高いどころか、離れて見なければそれが何であるのかも分からない。


「何か、子供部屋みたい……」
「子供部屋だからね。このフロアはそういうコンセプトなんでしょ、ホント訳分かんない」
「コンセプト?」


 雑なイザークさんの説明を聞き返してみる。少しだけ目を細めた相棒はポツリとこう溢した。


「迷宮にはフロア毎に管理人がいて、そいつの采配次第で部屋のコンセプトが変わる」
「管理人……」


 ――そこでふと気付いた。天井を貫通して蕩々と落ちて行く液体の存在に。
 それだけが通常サイズだ。私達が1階で見たサイズのまま、変わること無くたゆみ無く、床の一部に空いた穴から地下へと流れ込んでいる。


「相変わらず、頭のおかしくなりそうな部屋だ」
「ラルフさん、こういうのは嫌いなのですか?俺は結構好きなんですけどね」


 エーベルハルトさんの言葉に、ラルフさんが盛大に顔をしかめた。趣味が悪いと言わんばかりだ。


「嫌いと言うか、このフロアでの死亡者は謎が多すぎる。俺は、曖昧なものは好かないんだ」
「いいではありませんか、答えが無く、曖昧模糊としていて形の無いもの!そうであるからこそ、探索し甲斐があると言うものです」
「え、死亡者!?」


 楽しそうに話をしていたが、そう悲鳴を上げざるを得なかった。迷宮である以上、命を落とした者だってそりゃいるだろうが、この危険性はあまり感じられない部屋でどうやったら命を落とすのか。
 そのところちゃんと説明しておいてくれ、という意を込めて上げた悲鳴にしかし、ラルフさんは首を緩く横に振った。


「恐らく管理人に出会したのだと思うが……、このフロアで死亡者が出る時は、探索隊が全滅するからな。目撃者がいない。上がる死体も人数が足りなかったり、その、身体のパーツが足りなかったり――あまり、良い状態だとは言えない」
「えぇっ!?凄く恐くなって来たんですけど!」


 しっかりしなさいよ、とアレクシアさんに背を叩かれた。思いの外強い力だった為、ゴホゴホと噎せる。


「何の為にあんたを連れて来たと思ってんの!もし、その管理人に出会ったらすぐ逃げる為よ。それに、管理人の目撃証言は挙がってない。一目でも見て、生きて帰還すればそれだけで価値ある情報になるわ」


 どうしてアレクシアさんは私なんていう不確定要素を前に不安に思わないのか。もし私が、私しか命綱がない状態になった時、とてもじゃないが平静では居られない。


「地下2階への階段は東の隅だ。本当に寒いから、寒いなら寒いと言ってくれ。『バリア』を貫通しているかもしれない」


 ラルフさんの言葉に、イザークさんは僅かに関心の意を見せた。


「ここの情報は原因不明の死者が出ている事以外、既出なんですね」
「ああ。ただし、この下からはまだ分からない事の方が多い。とは言っても、俺達人間が分かったつもりになっていてもこの地下1階の事実もそう大して分かってはいないのかもしれないが」


 巨大な玩具達の間を縫い、ようやく辿り着いた階段。実際の距離はそうないのだろうが、物を避けて歩いたせいでかなり遠回りした気分だ。


「何かちょっと疲れましたね」
「ミソラさんは本当に体力がありませんね」


 いやあなたみたいな体力オバケには言われたくない、エーベルハルトさんへ向けた苦言はしかし、文句を言おうと振り返ったところで止まった。


「え?」


 誰かいる。知らない女の子、私の胸くらいまでの身長しかない。勿論――見覚えの無い子だ。何故こんな所に?逃げる為のギフトを持った私ですら危ないから気をつけろと口を酸っぱくして言われた。
 黒いフリルの着いたワンピース、癖のある真っ黒の髪。胸元には熊のぬいぐるみを持っている。


「ちょっと、どうしたっていうのさ。行くよ」
「え?」


 イザークさんに肩を掴まれて我に返る。彼は訝しげな顔をしていた。
 私は例の女の子の存在を伝えようともう一度、少女が立っていた場所に視線を移す。しかし、そこに彼女はいなかった。代わり、そこに誰かがいた事を示すかのように軋んだ音を立てて大きな木馬が僅かに揺れている。


「行こう、イザークさん、早く!」
「いやだから、行くよって言ってるでしょ」


 ――地下1階、死亡者の死因が分からないフロア。
 何の根拠も無いし、何かを見た訳ではない。けれど、どこか頭の隅で確信している。
 フロアの死亡者、その原因はあの少女だ。つまり、管理人は彼女である。この狂った異様な空間に何の違和感もなく溶け込めるのは、それ即ちあの少女こそがこの空間を管理しており、つまりは彼女がこの空間を創り出した張本人だからだ。
 いつの間にか最後尾になっていた私はイザークさんの背を押しながら地下1階を後にした。刺すような視線を延々と背中に感じてはいたが、一度も振り返らず。



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