運送屋の交流記

ねんねこ

05.

 ***


 上手い事スタート地点に移動した私達だったが、広がる光景に絶句した。
 立ち並ぶ墓石は無惨に崩れ、辺りにはゾンビ、グール、スケルトンという墓場三大モンスターが蔓延っている。人が住めなくなるレベルだ、と言えば事の重大性が伝わるだろうか。よくここまで放置したものだし、私達は開催期間の2日目に来たグループだ。1日目の連中は何をやっていたのだろうか。全然モンスターの駆除が進んでいないように見えるが。
 ――と、茫然と立ち尽くしている私の前でグールがゾンビに襲い掛かった。このモンスター達は下位モンスター同士ではあるものの、ゾンビの上位種がグールなので、グールがゾンビに負ける道理は無い。案の定、襲われたゾンビは地面に引き倒された。更にそのゾンビを捕食し始めるグール。成る程、弱肉強食というやつか。その肉腐ってるけど。
 そうして、骨だけが残ったゾンビはしかし、続いてスケルトンとして復活した。際限なくループするのではないだろうか、これ。


「うっわぁ……なんかこう、エグいですね」
「ミソラ、ミソラ。あっち」


 アレクシアさんが指し示した方向に顔を向ける。
 今度は数が増えたスケルトンが大群でグールに襲い掛かっていた。グールが腕を振り回す度にスケルトンがただの骨へ還って行くが、わらわらと襲い掛かるスケルトンに押し負け、グールがその場に倒れ込む。スケルトンはそのまま去って行った。
 倒れたグールに今度はその辺を徘徊していたゾンビが群がる。あっという間に骨だけになったグールはやはりスケルトン化して辺りをさ迷い始めた。また、グールの肉を食らったゾンビが新しいグールに昇格する――


「こわっ!アンデッドの食物連鎖こっわ!」
「へぇ、だからスケルトンって大群でいる事が多いんですね。大変勉強になりました」
「エーベルハルトさん恐く無いんですか!?」
「え?恐く無いですよ。正直、ハンティングベアに捕食された人間の跡の方がエグいですし」
「どうしてそんな事言うんですか!昼ご飯、食べられなくなるでしょう!?」


 そろそろ始めるぞ、とラルフさんがそう言い放った。直ぐさまエーベルハルトさんが頷く。


「何だか嫌な予感もしますし、色々と胡散臭いですし、十分に注意して行きましょう。俺の予想が正しければ、依頼終了後は直ぐさま帰還した方が良さそうだ」


 不穏に、しかしどこか愉しげにそう言ったエーベルハルトさんはラルフさんを追い抜かし、ずかずかと墓地を突き進んで行く。その視線の先には目先の人間には目もくれず、食物連鎖のサイクルを延々と回し続けるアンデッド系モンスター達が犇めいていた。
 がちゃり、と背に負っていた大剣の留め具を外し、鞘からそうっと抜き放つ。今時、大剣なんて動き辛い武器は好まれない傾向にあるが、彼は敢えてそれをチョイスし、態々扱い辛いと有名な武器で戦う。
 それを見届けたアレクシアさんが走り寄って来た。彼女は基本的に後衛なので、エーベルハルトさん達と並ぶ事はまず無い。


「ミソラ、あまりあたしから離れないでね。もし、何か異常事態が起きた場合はあたしを連れたまま退避しなさい。あんた一人だけ逃げたって、逃げた先で何に見舞われるか分からないから」
「了解しました!」
「ま、この程度ならアイツ等2人でどうにかするわ。あたし達は見物しときましょ」


 などと会話しているうちに、まずはラルフさんが動いた。
 二本ダガーを手に、軽い動作で地を蹴る。とても人間の機動力とは思えないので、多分彼はギフト技能、『身体能力強化』を持っているに違い無い。身軽な猫のようにグールの1匹に肉薄したラルフさんは左腕を振るった。かなり浅い、グールの腐った体表を撫でる程度の距離――が、瞬きの刹那、タガーの触れた部分から凍り付き、グールの動きを鈍らせる。
 ぎこちない動きのグールへ更に一歩、深く踏み込んだラルフさんはそのままくるりと身体を反転させ、右手に持っていたタガーでグールへと斬り付けた。血飛沫は上がらない。ただし、人間であったならば本来は心臓がある位置から飛び出した血のように赤いそれが弾かれて宙を舞う。
 アンデッド系、ゾンビに分類されるモンスターには核というものが存在し、それを肉体から切り離さない限り延々と回復と復活を繰り返す仕組みになっている。それを効率よく抉り出したラルフさんは、左手に持っていたダガーを一旦ベルトへ仕舞うと空いた手で宙を舞っていた核をキャッチした。
 バラバラ、と砂のように塵を撒き散らしながらグールは消失してしまった。骨すらも残らない。
 折角手に入れたその核をしかし、ラルフさんはこちらをチラリと疑うとそれを放り投げた。綺麗な放物線を描き、それは全く完璧に私の差し出した両手の上にぽとりと落ちる。


「持っていてくれ。ゾンビ系統の核は高値で売れる」
「あ、はい!持ってます!」


 良い返事だ、と笑って次の獲物へ狙いを定めたラルフさんを尻目に、手の平に乗っているゾンビの命そのものへ視線を落とした。それは真っ赤な輝きを持つ球体。不透明で、私の手でも握り込めば完全にそれを隠してしまえる程度の大きさだ。
 何て綺麗なんだろう。あんな腐った肉のようなモンスターが内包している物質とはとても思えない――等と感傷に浸っている時だった。石が砕けるような鈍い音が反響した。


「うわ!?何ですか、墓石でも倒れましたか!?」
「すいませーん、ミソラさん、こっちの収穫物も回収して頂けませんか?」


 爽やかな笑みを浮かべたエーベルハルトさんはラルフさんがグールの1体を相手取っている間に、スケルトンの群れを壊滅させていた。それは一体、何体のスケルトンがいたと言うのか。骨の山と山と山。どれがどのスケルトンのものだったかは分からないが、とにかく無事とは言い難い大量の骨が汚らしく散らばっていた。
 こっちの収穫物とはどれを指しているのか――すぐに判断が付いた。スケルトンの頭蓋の山。これだけあまり傷が無く、明らかに選り分けてあるのが見て取れたからだ。


「行かなくて良いわよ、ミソラ。スケルトンはアンデッド系の割に言う程アンデッドじゃないモンスターだから。頭蓋と散らばった骨を一定以上離せば勝手にくたばるわよ。もう一時は放置しておいて構わないわ」
「そうなんですけど、戦利品を回収する為の荷台か何か持って来ようかと……モルフィさんは何も言いませんでしたけど、ある程度アンデッド系を処理した証拠を持って帰らなきゃ駄目だと思うんですよね」
「それもそうね……あっ、ミソラいるんだったわ。ギルドの倉庫から持って来てくれる?」
「行って来まーす」


 その後、一度ギルドへ戻った私は荷台を持って来たわけなのだが、とにかく討伐依頼は順調を極めた。エーベルハルトさんの雑魚処理能力が高すぎたのもそうだが、特殊系技能を駆使するアレクシアさんも雑魚処理に長けていたので爽快アクションばりに次から次へと銀粉も使わずモンスターを処理出来たのだ。



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