運送屋の交流記

ねんねこ

01.

 遠くで何か重機でも動かすような音が聞こえてくる。踏みしめる鋪装された道は何年も手入れされていないのか、少し凸凹していて歩きづらい事この上無い。店のシャッターを上げる音に、横を通り抜けて行く原付バイク。
 今日は1週間の真ん中、水曜日だ。天井のある半分だけの空も蒼く澄み渡っており、土日しか休みのない、アパートの大家さん達はぐったりとしていた。と言っても、私は週3日は一応休みにしているし、とにかく一度職場へ顔を出しさえすれば後は適当に休み時間を取れる体の良い職業なのでちっとも疲れていないが。
 ずっしりと重い肩掛けバック、帽子の上には防塵用ゴーグルを掛け、街並みをゆっくりと眺めながらギルドへ向かう。
 機械の国、サークリス。人も疎らにしかいない、田舎中の田舎なのだがこんなご時世だ。ギルドなんて際物は出来るだけ人目に付かない場所にあって然るべきだろう。


「おはよう、ミソラちゃん。今日はお仕事の日かな?」
「はーい、おばさん。おはようございます!何か荷物があるなら運びますよ!」
「ああ、用事があって声を掛けた訳じゃ無いからね。心配しなくていいよ。そうだ、リンゴ食べるかい?」
「え、良いんですか?」
「良いよ良いよ、持ってお行き。今日売れなければ、傷んでしまうだろうし。ごめんね、余り物みたいなの渡しちゃって」
「ありがとうございます!みんなで食べますね!」


 八百屋のおばさんに貰ったリンゴ3つを鞄の中に詰め込む。一人で全て食べるのは不可能だが、ギルドへ持って行けば誰か一緒に食べると言うだろう。というか、私が食べる分が無くなってしまいかねない。
 商店街――と言うには些か粗末な区画を抜けると、ぐんと人数が減った。いや、そもそもあまり人はいなかったのだが更に減った。徐々に埃被った、少しだけ野暮ったい建物が見えて来る。それは周辺の店や民家と違い、随分と大きく、大所帯を取り込むのに丁度良い建築物だ。
 サークリスギルド。地名とギルドをくっつけただけ、実に分かりやすい私の職場は今日も今日とて健在だった。こんな時代だし、今日はあった店が、明日には潰れているなんてザラもザラ。特にギルドなんて試行錯誤な職業はいつ廃業したっておかしくない。


「おはようございまーす。ミソラが仕事に来ましたよ」


 元気だけが取り柄、よくそう言われるので元気よく挨拶しながら中へ入った。といっても、現在の時刻は午前8時。人なんてギルドマスターとコハクさん、あとは面識のないギルドメンバーの人達がちらほらいるだけだった。
 私の機嫌の良さに少しだけ呆れたコハクさんが「どうしたの?」、と声を掛けて来る。彼女はとても可愛らしい人だ。黒い艶やかな長髪をカンザシという装飾品で結い上げ、桃色のキモノを着、べっこう飴みたいに綺麗な琥珀色の大きな瞳を持っている。かなり小柄で、まだ成長期真っ只中の私と同じくらいの身長しかない。


「見て下さい。八百屋のおばさんからリンゴ貰いましたよ。みんなで食べましょうよ」
「リンゴって……確かに美味しいけれど、貴方って単純よね。大丈夫?変な物、買わされたりしていない?」


 ふふ、笑ったのは私達のやり取りを聞いていたギルドマスター、フェリアスさんだ。中肉中背、中性的な顔立ち。濃紺色の長髪を結い上げたその姿は、後ろから見ると女性のようで、今でもたまに別人と間違える。彼にはその手の才能があるのかもしれない。


「君達は朝から元気だな。いや、素晴らしい事だけれど。さぁて、人が増える前にミソラの仕事から片付けようか」
「お客さんですか?」
「ああ。新規のようだな、すでに君を1時間前から待っている」
「うわ、早く言って下さいよ。雑談に花を咲かせすぎちゃったでしょう!?」


 誰だ、と人の少ないギルド内を見回すと、待っていたと言わんばかりに男が手を振って来た。白銀の短髪にやや垂れ目がちなグレーの瞳。白いスーツを着用している。何となく無害そうな、それでいて全くの逆であるような相反したイメージが抱けてしまうような男性。取り敢えず、あまりにも白いのでカレーをご馳走してあげたい。
 そんな彼は呼ぶまでもなく席を立つとやんわりとした口調で目の前まで接近してきた。


「やあ、僕はアルデア。ここのギルド、珍しいね。クソ面倒な運送もやってるなんてさ。いや、僕は助かるから良いけど。えっと?君が運送システムの管理人?うわあ、大丈夫かなあ、結構遠い場所なんだけど」
「ふっふっふ、皆さんそう仰いますけどご安心ください!依頼達成率は脅威の80%越えです!」
「そいつぁスゴイや」


 何を隠そう、ミソラこと私はこの辺りではちょっとした有名人だ。いや、自分で何を言っているのだと思うかもしれないが、これは最早必然。何せ私は、地図上に存在する全ての場所に秒単位で移動する事が出来る――所謂、テレポーターなのだ。まあ、色々制約はあるが、それはおいおい依頼人と話し合う方向で。
 運送屋。そう呼ばれている私なのだが、意外にも利用する人は多い。小包一つ倹約で脱落する世の中なので、秘密裏にアクセサリーや鉄の延べ棒、時には娘への仕送りなどを送りたい人物が一定数いるという現れだろう。私の能力の使い道について考えた時、フェリアスさんが言い出さなければ一生ジリ貧生活を送る所だった。


「それで、アルデアさん。一応色々規約があるというか――端的に言って、生き物と危険物は運ばない事にしているのですが、まさかそういう類のアレとかじゃないですよね?」
「物は運ぶけれど、軍の検閲は恐いってところかな。うんうん、お利口さんだね」
「それもあるんですけど――まあ、自分で言うのもアレですけど、結構うちって便利屋っぽい所がありまして。武器運びなんてさせられたら、人がたくさん死んじゃう事件に繋がりかねないですし。そんなの、責任取れませんから受け付けていません」
「大丈夫だよ。僕が運んで欲しいのはアクセサリー類さ」


 言いながらアルデアさんは小包を取り出した。それは手の平と同じくらいのサイズで、確かに危険物では無さそうだ。特に固定も何もされていない箱をあっさりと開ける。これ、中身が出ないようにヒモか何かで縛った方が良いな。
 言った通り、その小包にはブレスレットとペンダントが入っているだけだ。しかし、梱包されておらず空き箱に適当に投げ込んだような雑さ。危険物では無いけどこの乱雑な扱いの方が気になってくる。


「今さ、引っ越し中なんだよ。僕は先に現地へ来てたわけなんだけど、準備が遅い仲間の荷物を間違って持って来ちゃってね。発狂されても困るし、引っ越して来た初日に僕が刺されるなんてシャレにならないから今のうちに送り返してやろうと思って」
「さ、刺される!?それはまた随分とバイオレンスですね……」
「彼女にとっては命より大事な物らしいからさ」


 それは人を殺す程大切、という事か。ならば、この小包を無くしたりなんかしたら私も危ないんじゃないだろうか。確かにアクセサリーは危険物ではないが、届け先の人物は間違い無く危険なのでは。
 ――い、いやいやいや!他人を刺し殺す程思い悩んでいるんだ。早く届けてあげよう!未然に殺人事件が起きるのを防げるのは私しかいない!


「は、早く届けて来ないといけませんね。……あ、えーと、届け先の住所をですね、こっちの紙に書いて貰っていいですか?」
「ああうん。部屋番とかまで必要かな?」
「えっ、そりゃ、あった方が良いですけど」


 紙とペンをアルデアさんに渡す。彼は滑らかに字を書きながら、特に心配でも何でも無さそうな口調で訊ねて来た。


「本当に大丈夫かな。機械の国から出る事になるし、荷物をなくしてしまうくらいなら、僕が持っていた方が良い気もするんだよね……どのくらいの確率でここの住所まで行けるかな?」


 トントン、と書き終えた住所を指さしながら呟くアルデアさんを落ち着かせるように、私は言葉を紡いだ。一応仕事だし、運送料金はそのまま私の手元に残るわけではない。月の最後に紹介料をフェリアスさんに渡さなければならないのだ。つまり、仕事は1つでも欲しい。


「大丈夫ですよ。万が一届けられなかった場合も、荷物だけは持って帰って来ますから」
「そう?そこまで言うのなら任せるけど。ちなみにどんなネタ使ってるの?モンスター飼い慣らして空の旅、とか?それにこれ、運送料金が随分と安いしね。移動手段にあまり金が掛かっていないと見た」
「すいません、企業秘密なんで。へへっ」
「ふぅん。えーと、いつ頃に届いたって分かるかな?」
「遅くても明日には分かります」
「……早いなあ。えーと、君は明日もギルドにいるって事かな?報酬はマスターさんに渡しておいた方が良い?」
「どちらでも良いですが、届けた相手のサインを、この住所の紙に書いて貰って返します。これを領収書代わりに、って事で」
「あー。あー、はいはい。分かった。そっか、ここギルドだもんね。信用業だし、そうなるか。じゃあ、安心して任せる事にするよ」


 それだけ言うとアルデアさんは手を振ってギルドから出て行った。引っ越し中だと言っていたし、案外忙しいのかもしれない。さて、仕事の時間だ。今日は他に荷物も無いようだし、出先で観光でもして帰って来よう。


「フェリアスさーん、コハクさん!私、ちょっと行って来ますね!」
「ああ、いってらっしゃい。コハク、ミソラが何か言っているよ。……コハク?」


 とんとん、とフェリアスさんに肩を叩かれたコハクさんがハッと我に返る。何か考え事でもしていたのだろうか。


「え?ああ……気をつけて。何かあったらすぐに戻って来なさい」
「はーい」


 ミソラは元気一杯にギルドの外へ飛び出して行った。



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