トリップ女子高生はとにかく帰宅したい。

ねんねこ

03.

 コルネリアはその言葉に納得したようだったが、バイロンは更に突っ込んだ事を訊ね始めた。とはいっても、彼の主張は紙媒体なので主張そのものは非常に静かではあったが。


『珠希があの魔族達にあっさり誘拐された場合はどうするつもりだった?』
「その程度であっさり捕まるのであれば、事故を装って全員を皆殺しにするつもりであったよ。所詮、カルマ推進派。人知れず奴等を闇に葬る事など造作も無い」


 なあ、とロイが小声でリンレイではなくフェイロンに訊ねる。


「リンレイってそのくらいの事をする力はあるのか?」
「ある……であろうな。ああ断言するくらいだ」


 実力の程についてはフェイロンでさえふんわりとしか理解していないようだ。とはいえ、千年を生きた、などと言われているあたり普通に強いのだろうが。


「ランドルの裏切りについてはどう思っているんです?」


 会話の間を繋ぐ為か、ダリルが訊ねた。ふ、とリンレイはその顔にぞっとする程美しい笑みを浮かべる。全てを理解し、その上で何も感じていないような無機質的な笑みを。


「人間の情を否定するつもりは無い。移動用の術式を持たせていた時から、或いはこうなるやもしれぬとは思っていたさ。とはいえ、ランドルはそなた等、人からの借り物だ。妾の私怨で始末する訳にもいくまいよ」
「許すと?」
「おお、そうだとも。妾は寛大である故。それに、大した脅威でも無い。その短い命、好ましいように生きよ」


 ――カルマ関連以外では本当に寛容なんだよなあ……。
 とにかく『珠希inカルマ』は絶対に渡せないが、それ以外の話は聞いてやるぞという意思だけは感じる事が出来る。


 何となく皆も訊く事が無くなったのか、一瞬の静寂が訪れる。
 それを逃さないよう、リンレイが麗しい唇を開いた。ちっとも笑みの形を作らない双眸が珠希をひたと射貫く。


「では珠希よ。妾もそなたに訊きたい」
「……何を?」
「妾の為になどとは言わぬ。このアーティアの為、ひいてはそなたの後ろに居る仲間の為。もう一度死んではくれぬだろうか」
「……」
「無論、抵抗せぬのなら速やかにそなたの息を止めると誓おう」


 最早、言葉を濁す事も無くなった。
 これこそが本当の最終通達。これ以上の欺し合いは不可能、妥協もしないという決定的な意思表示だ。
 ここから先は言葉を撤回する事も出来なければ、無かった事にも出来ない。
 それを理解した上で、珠希は即決した。もう迷う段階とか越えた。


 現代人の性。
 ――とにかく何があっても、死にたくない。他は許容出来ても、自分が死ぬ番という事実は絶対的に受け入れたくないという結論こそが全てだ。


「リンレイ様、その件に関しては……お断りします。私は死にたくない」


 半ば予想はしていたのだろうが、それでもリンレイは目を細めた。意外、という意味では無い。「そんなにしてまで生きたいの?」、という理解出来ない何かを見るような目と言える。


「そうか……。そうよな、そなた等の生に対する執着は妾をも目を見張る程だ。前の時も上手くは行かなかった」
「前……? 私の、前に来た人の事ですか?」
「そう。奴に関しては召喚に成功した故、妾の手元に、最初からありはしたが。あまりにも可哀相だったので、二度目の時――そなたの時に躊躇ったのが良くなかった」
「嫌なら辞めたらいいじゃないですか」
「そなたは、空腹で死にそうな折、嫌いな食べ物が目の前に置かれたからと言ってそれを食さぬのか?」
「そういうレベルで譲れないんですか。それ」


 ――ああもうこの人、カルマを削り殺す事以外の生き方は選べないんだなあ。
 漠然とそう感じた。ここで人間の三大欲求で例えてくるあたり、きっと彼女の心境もそれに近いものがあるのだろうと。


 前の人とやらも、可哀相ではあったがそれだけで目的の遂行を辞める程では無かった。裏を返せば、可哀相だとそういう憐憫にも似た感情を覚えながらも、相手を殺害しうる精神状態だったとも言える。
 そんな彼女に、最早こちらから掛ける言葉は無いのだろう。今更考え直して欲しいだなんてチープな言葉が届くとは到底思えない。


 背後で黙っていた仲間達もまたそんな空気をひしひしと感じていたのか、話し合うという殊勝な空気は見事に四散した。代わりに殺伐とした戦闘前の空気感すら漂っている程だ。



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