トリップ女子高生はとにかく帰宅したい。

ねんねこ

12.

 話をしている暇は無い、と言わんばかりにコルネリアがその巨躯を屈める。現在は猛獣使いよろしく、その背に座っているが急に傾いた為に危うく地面へ真っ逆さまになるところだった。


「え? いやちょ、コルネリア、まさかこの状態で走ったりは――」


 しないよね、という、どちらかと言うと「間違ってもそんな事はするなよ」という意味の言葉はしかし呑込まれる事となった。空気を読まずにコルネリアが地を蹴ったからだ。
 がくん、と視界が揺れる。車酔いや船酔いの比では無い。とにかく揺れるは揺れる。どうやらハーゲンの隣を走り抜け、背後で必死に術式を編んでいる術師達を先に処理する算段のようだ。


「とにかく後衛をどうにかしたい、そういう事ですね」


 穏やかな、しかしどこか好戦的な声が聞こえたと思えば、コルネリアの動きが急に止まった。視界が揺れるので何が起こったのか咄嗟には分からなかったが、一度は彼女に横を抜かれたハーゲンが立ち塞がっているのが見える。
 その手には――ランドルが使うような召喚術のカードが握られていた。騎士が持っているのにはそぐわないそれに、珠希は眉根を寄せる。


「えー、ハーゲンさんって召喚術? も使えるって事?」


 返事は無いだろうな、とは思ったがコルネリアに訊ねる。
 意外にも返事があった。男女どちらとも付かない、若いのか年取っているのかも分からない声で。


「騎士っていうのは割と多芸だからな。まあ、ランドル程の召喚術は使って来ないだろうよ」
「まあ、俺達は規模よりスピード重視ですからね」
「何?」


 後ろで黙々と召喚術を作成している後衛の遅さとは裏腹に、ハーゲンの行動は酷く迅速だった。
 裏返していたカードを、見せ付けるように表へと、返す。
 カードから眩しい光が漏れた。


「ああ、フレアドッグの雑魚い方か」
「え? 何って?」
「フレアドッグ」


 ハーゲンの足下には大型犬より更に一回り大きいくらいの犬が2頭、座り込んでいる。しかし、それは明らかにただの犬ではなかった。
 真っ黒な体躯は所々ひび割れ、そのヒビからマグマを彷彿させる真っ赤な光がチラチラと漏れ出ている。気のせいだろうか、あの生き物が召喚されてから少しだけ大気が暑くなったような気がした。


 足下でコルネリアがクツクツと嗤う。意地悪そうな、常日頃から聞かされている彼女の笑い声だ。


「おう、珠希。あれに触ったら手が真っ黒に焦げるくらい熱いぞ。気を付けろ」
「ヒエッ……!? 何でそんな事知ってるのさ!」
「可愛い可愛い、グランディアの同胞だからな。そういえば、一昔前にフレアドッグ飼うの流行ったっけ。まあ、上位種に止めろって言われて闇市でしか見なくなったけど」


 口振りからして、これらの生物には言葉が話せる者等が居るようだ。ちょっと、人間である自分には上手く想像できない世界だが。
 ハーゲンがにこやかに微笑む。


「確かに、ペットとしては打って付けかもしれませんね。俺も、彼等を愛犬として可愛がっていますし。それに何より、彼等は頑丈で、そして強い生き物ですから」


 言うや否や、ハーゲンが見事な指笛を吹いた。甲高い音と共に、座っていたフレアドッグ2頭が素早く立ち上がり、滑るようにこちらへと駆け出す。見た目は現実世界の生物ではないが、その行動は確かにまるで犬のようだ。


「えええええ!? 走って来てるよ!? どうするの、これ!!」
「あ? 蹴散らすよ、当然な」


 ぐんっ、とコルネリアが駆け出す。完全に背に珠希が乗っている事を忘れた動きだ。
 触れたら火傷では済まない。そう言っていたはずのコルネリアは突進してきたフレアドッグの1体を、巨大な前足で押し潰した。
 彼女の大きく裂けた口の端から、キラキラと輝く氷の粒が舞っているのが見える。
 それを知覚した瞬間、巨大で真っ黒な口から輝く冷気が一斉に吐き出された。猛吹雪のようなそれは、真っ直ぐに向かって来ていたもう1頭のフレアドッグを凍り付けにする。


「ええっ!? あんまりたいした事無い!」
「当然さ。さて、次――いたっ」


 フレアドッグを失ったハーゲンが、騎士剣でコルネリアの前足を斬り付ける。態とらしく声を上げた彼女は、足下で素早く動いているハーゲンに対し、前足を振り下ろした。が、しかし人間である彼は賢い。当然のように大味なその攻撃をあっさりと回避した。


「あー、割と速いな。人型に戻った方が良い?」
「そんな事より、私を解放して欲しい。だってこれ、私要らなくない?」


 再び斬り付けてきたハーゲンに対し、コルネリアが一歩引いた。どんな運動量だよ、と言いたくなるくらいにはハーゲンは動き回っている。これを、彼女の巨躯で捉えるのは厳しいかもしれない――


「早急にランドルをどうにかしろ。俺が引き受ける」


 不意にふらっとフェイロンが乱入して来た。そういえば、彼だけは誰にもマークされていなかったような気がする。
 案の定、ハーゲンは眉間に皺を寄せ、あからさまに嫌そうな顔をした。そのまま、他面子の様子を窺う。当然、ディートフリートはロイとバイロンのコンビに掛かり切り、ヴィルヘルミーネとダリルは2人の世界だし、本当にフェイロンだけは手隙状態だ。



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