トリップ女子高生はとにかく帰宅したい。

ねんねこ

11.

 漂う緊張感。とはいえ、流石は騎士団とでも言うべきか。それが表立って表情に出ているのはヴィルヘルミーネだけだ。彼女の視線はこちらに、意識はランドルへと向いているのが窺える。
 間違いなく指示を待っているのだろう。今回、師団はランドルの指示で動いている訳なのだから。


「えーっと、これってどうなるの、イーヴァ」
「戦闘になると思う。……ポーズだけになるのか、本当の殺し合いになるのかは、分からないけれど」


 ここまで来て見逃して貰える、という期待は持てないらしい。全く同意見なので珠希もまた神妙そうに頷いた。
 ランドルが指示を出すかのように片手を挙げる。


「仕方ありません、仕事の時間です。珠希さんは出来る限り捕縛し、他は始末して貰って構いません」
「……承知致しました」


 僅かに顔をしかめた師団長・ヴィルヘルミーネは、しっかりと頷いた。気持ち的にはやりたくないが、仕事である以上、職務を全うするという意思表示に他ならない。
 師団の3人の得物は騎士剣。が、観察していて分かったがダリルが持っているような大剣では無い。あくまで一般的なサイズの、珠希の知識の中で数百年前の人間が使っていたようなサイズと相違ないだろう。


 ランドルと、彼率いる術士の集団は合わせて3人。皆が皆、後衛なのか決して前へ出て来ようとはしない。紙切れを各々所持しているのが見える。


「後ろの召喚士を処理する」


 聞き覚えの無い声がすぐ真横で聞こえたと思えば、バイロンだった。小さな小さな声であったが、オート決壊が小さく振動しているのが肉眼でも確認出来る。コルネリアが迷惑そうな顔をしているが、彼はどこ吹く風で意に介していないようだ。


 面に手を掛けながら一歩前に出たバイロンが大きく息を吸う。ぎょっとしたダリルが、ロイの首根っこを掴んで彼より前に出ないよう、大きく後退した。
 瞬間、低く鋭い絶叫が響く。
 ――そういえば、魔族の片割れを呆気なく伸した時もこんな感じだった気がする。
 あの時は誘拐犯を処理してくれていた訳で、多少なりとも可哀相だとは思ったが自業自得とそれ以上の感情は湧いて来なかった。しかし、今回の相手は王都へ行った時、世話になった師団のお方々である。
 心配になってヴィルヘルミーネ達を見やる――が、その心配は杞憂に終わった。


「音を吸収する壁って事か。んー、ランドルに攻撃手段がバレバレなんじゃないのかね」


 ダリルが脱力する。
 目の前には白塗りのゴム質の壁が立ち塞がっていた。召喚術使用後を示す術式の残滓が空気中に舞っているのが見えるので、恐らくはランドルの仕業だろう。


「大口叩いておいて何やってんだよ役立たず」


 さらっと毒を吐いたコルネリアが行動を開始する。


「え、ちょ――」


 瞬間、身体に掛かる圧力。荷物のようにコルネリアによって小脇に抱えられた珠希の両足が呆気なく地面から浮いた。自称相棒の愉しげな笑い声が頭の上から小さく聞こえたのを近くした瞬間、眼下に捉えていた大地が更に遠のいた。


「ちょっと結界の範囲を広げろ。あたしに術とか何とかが被弾しないようにな」
「急な無茶ぶり!!」


 コルネリアが源身に戻ったのが分かる。安定感無く抱えられていたが、まるで大きな動物の背にでも乗ったかのような状況へと一転。人型だった時に比べ、的が大きくなったので謎の指示を出されたのかと合点がいく。
 そのまま黒い獣と化した彼女はランドルが召喚した壁をいともたやすく粉砕した。前足を前衛3人へと振り下ろすが、当然の如く回避される。


「珍しいものを見ましたね、団長」
「言っている場合か!? ディートフリート殿、足止めを!」


 楽しげなハーゲンと裏腹に新団長であるヴィルヘルミーネは鋭い声で、もう一人の仲間へと声を掛けた。短く応じたディートフリートがコルネリアとの距離を詰めるべく肉薄する。


 と、その横合いからロイが飛び出して来た。躊躇いなく死角からディートフリートを強襲する。しかし、そこは経験豊富な人狼の騎士。ロイの一撃をあっさりといなし、彼より圧倒的に年下のロイへと向き直る。
 ダリルが保護者然とした声を上げた。


「いやっ、ちょっとお前には厳しいんじゃないのか! ロイ!」
「いい、加勢しよう」
「あんたは危ないから不用意に口を開かないでくれないか!?」


 ヴィルヘルミーネが真っ直ぐにダリルの元へと向かって行ってしまったので、実質ダリルの足は完全に封じられている。それを察してか、バイロンがロイの救出へと向かって行った。巻き込まれてロイその人が怪我する運命が見えるかのようだ。


「団長、足止めって元団長の件ですか? 俺がこっちを止めろと?」
「ええ!」
「いや、ええて……」


 困惑した様子のハーゲンがこちらを見やる。どうやら全員で源身に戻ったコルネリアを足止めする算段だったらしいが、期待は大外れだったのだろう。
 溜息を吐いたハーゲンはしかし、それ以上の文句を告げる事無く、コルネリアと珠希の方へ向き直った。


「立て込んでいまして、すいませんね。さて、か弱い後衛を守る為、足止めと行きましょうか」
「いや、ハーゲンさん。実質2対1ですけど……」
「珠希殿はあれですね、人を傷付ける事に抵抗を持ちすぎていますので。ものの数には入りません」
「な、成る程……!」


 ハーゲンの言う事は正しい。最早、自分は全自動結界マシーンに他ならず、それ以外の役割は端から期待されていないようだし。



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