トリップ女子高生はとにかく帰宅したい。

ねんねこ

07.

 それで、というイーヴァの事務的な口調で我に返る。非常に暴力的な輝きを帯びた封具を揺らした彼女は淡々とそれの説明を始めた。


「力を発動させる為には、この封具をそれぞれ設置して、同時に起動させなきゃいけない。丁度、杭も3本あるからフェイロンとコルネリアで1本ずつ、私と珠希で1本を打って来る」
「うむ、承知した。それを打った後は? その場で待機か、それとも主等の元へ戻るか?」
「戻って来て良いよ。抜けないように、ちゃんと深く打ってね」


 イーヴァが鎖で繋がれた杭の1本をフェイロンへと渡した。続いて、もう1本をコルネリアへと託す。興味深そうにそれを見つめた魔族ははは、と乾いた笑い声を漏らした。


「銀の匂いがするなあ。いやあ、実に金の掛かる封具だった」
「問題無い。フェイロンのお金だから」
「そりゃそうだ!」


 何が楽しいのか、ケタケタと嗤いながらコルネリアもまた配置へと歩いて行く。残された珠希は、仕事の全容を理解しているイーヴァに訊ねた。


「私達はどうするの? ここに居ればいい?」
「うん。ここに打ち込もう。2人がちゃんと、良い場所に陣取ってくれると思う」
「案外、ざっくりだね」


 具体的に、どの辺に打ち込めば良いのかを聞いていない事に両者が気付いたのだろう。遠くからゼスチャーで、ここで良いのか、と訊ねて来る。それらの全てに対し、イーヴァはゴーサインを出した。大丈夫かこれ、失敗しない?


 程なくして、杭――否、楔を打ち込む作業が終了した。フェイロン達がノロノロと戻って来るのを尻目に、制作者は1枚の紙を取り出す。それは、珠希がランドルやコルネリアと魔法の発動練習をしていた時の術式に似ている。流石にもうド素人ではないので、それが攻撃魔法用の術式で無いことだけはきちんと理解出来た。


「大丈夫、イーヴァ。私がやろっか?」
「何だか珠希、最近、頼り甲斐が出て来たね。大丈夫、使うのは杭を打ち込んだ人の魔力だから」
「あ、さっき杭を打ったの、私だっけ?」
「うん。あと、コルネリアとフェイロンの魔力を分け合って、この封具は発動するの」


 ――なるほど、分からない。
 何だか凄い力って事で無理矢理、理解した珠希は高みの見物を決め込んだ。他にやる事が無いからだ。


 術式に加え、珠希には理解どころか何と言っているのかすら定かではない文言が綴られる。それがピタリと止まった、刹那。
 ぐぐっと身体の奥底から何かに引っ張られるような感覚。これといって害は無いが、それはエレベーターに乗っている時の感覚に酷似している。不安定な気分になってくるというか、漠然とした不安のような何か。


 が、それは数十秒で終わりを迎えた。ふう、という少しばかり疲れたような、イーヴァの溜息が聞こえる。
 イーヴァの詠唱が終わった瞬間は違和感で足を止めていた人外組もまた、合流した。


「ど、どうなったかな?」


 《大いなる虚》に視線を移す。ぽっかりと口を開けていた大穴はしかし、徐々に徐々に小さくなっているようだ。


「うむ。上手くいった――」


 フェイロンの声が不自然に途切れた。理由は明白だ。
 閉じかけた虚、最初から何も無かったかのように大地が大穴を隠していく最中、何か黒い影のような物がぽーんと飛び出して来たのだ。それはボールのようでもあり、同時に全く別の『何か』である事をうっすらと頭の隅で理解する。
 跳ねるように出て来たそれは、穴を挟んで対岸に位置する木に衝突。軽やかにバウンドして、地面にころりと転がった――


「ひっ!?」


 丸まったダンゴムシみたいだ、と思っていたのも束の間。それは質量を無視して広がり始める。ついこの間、見たような姿へと。


「カルマじゃん! んー、そういう事ね……」
「貴様、落ち着いている場合か……!!」


 コルネリアが一人納得したように手を打った。が、フェイロンは眉間に青筋を立て、苛々と魔族へ八つ当たりしている。何故、急に出て来たのだろうか。疑問は尽きないが、それどころではない事だけは明白だ。逃げるなり、応戦するなり。何かしなければ。


 案の定、戦闘民族の血が流れているとしか思えない人外2人は、憎まれ口こそ叩いていたが既にその手に魔法を溜めていたようだ。フェイロンが遠慮容赦無く、炎の球を現れたカルマへと投げつける。
 着弾、そして爆発。人間が当たれば一溜まりも無いような攻撃を受けたその化け物はしかし、特に効いている様子は見せなかった。


 相手が人間ではないのを良い事に、珠希もまた突いてみる気持ちで念動力を加えてみる。スライムを押し潰すような感覚がありはしたが、やはりこれといって効いている様子は無かった。というか、不定形なので無意味なのかもしれない。


 一方で、一人長く詠唱していたコルネリアの周囲には雪のような冷たい氷の粒を撒き散らす帯が完成していた。全体的に赤い彼女に青白さは似合わないように思われたが、なかなかどうして様になっている。
 カルマが動かない事を確認したコルネリアが、薄い青色をした帯をカルマへと放った。ヘビのように滑らかに宙を泳いで飛来したそれは、触れたもの全てを氷着かせながらカルマ周辺をぐるりと一周する。程なくして、接着剤のように固められたカルマが完成した。


「えっ? え、嘘、やった?」
「はん! すぐ出て来るぞ、珠希」


 術者本人であるコルネリアがそう言った瞬間、待っていましたとばかりに氷付けのカルマからピシリという不吉な音が聞こえてきた。



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