トリップ女子高生はとにかく帰宅したい。

ねんねこ

20.

 ――もし、今の『攻撃』らしきものを直に受けていたらどうなっていたのか。
 その疑問は直ぐさま解消された。


 目を白黒させながら、アグレスが地面に膝を突く。その目からは赤い血を流し、口の端から鮮血がボタボタと土の上に落ちては吸い込まれていった。


「内臓に深刻なダメージを受けていそうだね、彼」
「……人事じゃないよ、イーヴァ。わ、私達も巻き添えの無差別攻撃だったじゃん、テロかよぉ……」
「人事だとは思っていないけれど、面をした彼の攻撃は珠希には通らないようだから」


 完全に膝を突き、沈黙を守っているアグレスが例の彼を視界に入れる。しかし、チラチラとこちらを見ているので珠希の警戒も怠っていないのが伺えた。が、詰んでいそうである。何せ、逃げ出す機会は幾らでも転がっているというのに動く気配が無い。動けないのだろう。


 そんなアグレスの元へと面の男が歩み寄る。死にかけの動物を見下ろすかのような、あまりにも慈悲のない足取りだ。心配しているだとか、そんな感情は一切見られず、物見遊山のような気軽さ。
 ――が、そのお面マンが持っている道具を見た瞬間、珠希の中で彼が野次馬から通り魔に変更された。


 何の事は無い。奴はアグレスにトドメを刺しに来たのだ。その証拠に、手に持ったナイフは既に魔族へと向けられている。


「貴様……何のつもり……というか、誰だ」


 アグレスの問いに面の男は首を軽く横に振って、それだけだった。答える気は無い、という意思表示。
 そのまま、蹲って背を見せているアグレスへとナイフを振り下ろ――


「待って! 心臓は、止めて!!」


 イーヴァの言葉で勢いよく振り下ろされそうだったその手が止まった。よくもまあ、目の前で起きている殺人事件を別の猟奇的理由で止めようと思ったものだ。もうこれ、何が何だか分からないな。
 その間に、多少は回復したのだろうか。アグレスがパッと立ち上がって面の男から距離を取る。しかし、広範囲に渡る攻撃だったが、距離に意味はあるのだろうか。心の安寧の為?


「どうしよう、イーヴァ。私達、完全に蚊帳の外だね……」
「それより、彼がまた何かするのではないかの方が気掛かり。次は防げるか分からない。アグレスは魔族だったから、動く力が残っていたけれど、私達は……あれを受けたら、即死だと思う」
「えっ、ま、マジか……!?」
「コルネリア達は無事みたいだね。やっぱり、声、かな」


 見れば、コルネリア達は一応手を止めてこちらの様子を伺っているようだった。ただ、印象的だったのはアールナの相方を見る、目。失敗した仲間に対する視線ではなく、凍てついた「やってくれたなお前」、という詰るような視線だ。


 一方で、お面男は軽い足取りで追い詰めるようにアグレスとの距離を詰めていく。自分達の前はあっさり素通りして行った。何だろう、別途、彼等魔族に恨みのある乱入者なのだろうか。こんなに都合良く現れるとそれも疑わしいが。


「イーヴァ、今のうちに離脱しない? ま、巻き込まれでもしたら」
「そうだね。コルネリアを回収しないと」


 ひそひそと交わされる相談事、それに対してかお面の男がジェスチャーで待ったと引き留めた。そこにいろ、という意味だと直ぐに分かる。


 人狼騒動の時はいち早く危険を報せてくれた、という恩もあったのを思い出す。そうだ、やり方こそ不親切で恐ろしかったが、警告をしてくれた事は本当だ。
 全然見覚えは無いが、まさか――彼は味方なのか? 何の、と聞かれると困るが。


「イーヴァちゃん、珠希ちゃん!」


 ダリルの声だ。ふっと我に返る。見れば、居なくなっていたダリルが駆けて来ていた。その後ろには戦闘がそこそこ出来そう勢が揃っている。何故かフリオも一緒だったが、協同線になったのかもしれない。


 分が悪くなったと理解したのか、踵を返そうとしたアールナの腕をコルネリアが掴む。ニヤニヤと底意地の悪い笑みを浮かべ、彼女へ向かって何事か囁いた――瞬間、そのアールナの首が落ちた。まさにツバキが落ちる時のように、ポトリと地面に転がったのだ。


「ひえっ……!?」


 慌てて目を逸らす。しかし、今の光景がフラッシュバックしてしまい、堪らずその場に蹲った。
 しかし、後から来た合流組の心臓には毛が生えているらしく、「上手いコルネリア!」という謎の声援が飛び交っていた。価値観からして違うとしか思えない。


 負傷していたアグレスはすぐにフェイロンがどこかへ連れて行ってしまった。その後で何が起こったのかは知らないし、知りたくないと思う。


「珠希、私はフェイロンと素材を回収しに行って来る。彼の事は、あなたに任せるから」
「えぇ!? 雑振り止めて!!」


 イーヴァは大急ぎでフェイロンを追って行ってしまった。当然、お面マンの事など誰も知らないのでロイが訊ねて来る。


「アイツは? 魔族共の仲間か?」
「いや、多分違うと思う……。やり方に問題はあったと思うけれど、一応は助けて? くれた訳だし」
「ふぅん。まあ、急に襲い掛かって来たりしなきゃ何でもいいか。なあ、ダリル?」
「問題しかないかなあ……。いや、やっぱりちゃんと事情を聞いた方が良いよ。どうやって村の奥まで入りこんだのかもよく分からないし」


 ――あ……! ホントだ……!!
 思わぬ盲点。侵入者にピリピリしている状況だったのに、そういえば彼はどうやってここまで入って来たのだろうか。


 色々疑問は尽きないが、お面マンは再び面を装着するとさらさらと取り出したメモにペンを走らせた。


 曰く、「戦うつもりも、危害を加えるつもりもない。話すべき事がある、準備が整うまで待つ」との事らしい。



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