トリップ女子高生はとにかく帰宅したい。

ねんねこ

08.

「それで、頼まれていた件なのですが。貸し出し規則により、俺も中を改めさせて貰いました」
「構わぬ。で、話とは何だ? 貸し出し不可だったか?」


 いえ、とハーゲンは首を横に振る。


「ともかく、まずは目を通して下さい。俺のような無骨な騎士には理解し難い内容ですので。ああでも、フェイロン殿には錬金術師がついていますからね。そう苦労はしないのかもしれませんが」


 写本とやらを受け取ったフェイロンがそれに目を落とす。こちらからではまるで内容が見えない。それはコルネリアも同じだったのだろう。飽きたかのように、肩を突いてきた。


「何さ」
「珠希、あたし等は暇だから抜けようぜ? どうせ、こっちには関係無い話だろ」
「いや何を言い出すの、急に。駄目でしょ。失礼過ぎるわ」
「お前にも他人に失礼するって気持ちがあったんだな」
「私に失礼だよね、それ」


 しかし、意外にも分厚いそれをフェイロンはすぐに読み終えた。というか、よく見たらカラフルな付箋が貼ってある。流石はハーゲン、出来る男だ。
 読み終わったフェイロンは僅かに眉根を寄せ、若干難しそうな顔をしている。少し困っているように見えるが、もし本当に困っていてそんな表情をしているのならば滅多に見る事は無い困り顔だと言えるだろう。


「どうだったんだよ、フェイロン」


 無邪気なロイの問いに対し、何故か有角族はその視線をこちらへ手向けた。まんじりと見ているのではなく、チラッと伺うような嫌らしい視線だ。


「幾つか問題があるな。イーヴァの腕を信用してはいるが、素材の調達が……難航しそうである」
「勿体振らずに、何が必要なのか言ってみろって。大丈夫大丈夫、多分揃うだろ!」
「主の根拠の無い確信は一体どこから出て来るのだろうな。まあよい、必要な素材は銀の時計針と――魔族の心臓、だな」


 理解した。フェイロンは自分を見ていたのではなく、その隣。コルネリアに視線を移していたのだ。
 当然、フェイロンの一言で視線が唯一の魔族であるコルネリアに集まる。彼女はゲンナリとした溜息を吐き出した。今回ばかりは彼女に全面的な同情をしてしまう他無い。


「で? あたしに心臓をくれって? 誰がやるかバアアアアアカ!! 流石の魔族でも、心臓なんて無くなったら死ぬわ!」
「よく考えてみよ。主一人が犠牲になる事で、《虚》により死亡する数百の命を救えるのだぞ? 主一人の犠牲など、些事よ。些事」
「いや、あたしはその数百人を踏み台にして生きる事に躊躇とか無いから。さようなら、数百人の犠牲者。仕方ないよな、他人の命の重みとかあたしには分からないから!」


 今にも取っ組み合いが始まりそうな不穏な空気。居たたまれなくなったので、珠希は口を挟んだ。いくら胡散臭いコルネリアとはいえ、よく分からん生贄にする訳にはいかない。


「ま、まあまあ、落ち着いて! コルネリアも嫌がってるし……。というか、心臓? 何、どうやってそんなもの手に入れるの……」
「無論、トドメを刺した上で抉り出すのみよ」
「グロっ! グッロい! 確実にR18Gじゃんそれ! 18歳以下にはお見せ出来ないよ! 勿論、私も見られないよ!」


 それまで黙っていたランドルが「そうですね」、と同意の意を示した。思わぬ人物からの援護射撃に思わず口を閉ざす。


「アテがありますね、2つも。わざわざコルネリアさんから心臓を頂戴する必要は無いでしょう。ゴミ掃除のついでに、素材も採集出来るわけですし」
「あれ? 何かこっちもこっちで不穏な空気……」


 それもそうだな、とダリルが大きく頷いた。


「ロイも確か、アイツ等に用事があっただろ? よく分からないくらいナイスなタイミングだが、これも日頃の行いだな!」
「おう! 良かったな、コルネリア。封具? とかの素材にならなくて!」


 どうやらもう決定事項らしい。会話だけ聞いているとそうでもないが、実際にはこちらを誘拐しようとしている例の魔族2人を殺害。しかもその上で心臓を盗み出すという野蛮極まり無い話である。この人達、絶対におかしい。やっぱり価値観がそもそもから相容れないので帰宅したい。



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