トリップ女子高生はとにかく帰宅したい。

ねんねこ

03.

 ***


 結論から言えば、どことなく着物寄りな、しかし若干中華風な衣装が用意されていた。コルネリアは着ないと言ったが、指パッチン一つで早着替えを披露してくれたので、埃一つない格好になっている。
 先程とは別の案内人に案内され、フェイロン達と再会した。
 フェイロンを除き、彼等はスーツ姿である。面白味もへったくれもない。


「何て言うかさ、人間の体格だと、その服装は似合わないんだなって!」
「否定はしないけれど、ロイはもっと人の心に配慮する言葉を使うべきだと思う」


 女性陣に対して心無い言葉を投げ掛けたロイに対し、思いの外強い口調でイーヴァが窘めた。尤もであるが、実にヒヤヒヤするやり取りである。
 和気藹々としている自分達を見て案内人が静かに告げた。


「リンレイ様の待つ客間までご案内致しますので、余計な私語は慎まれますようお願い致します」
「す、すいません……」


 私語厳禁で緊張感が戻ってくる。皆が口を噤んだところで、案内人がスタスタと歩き始めた。再びやってくる階段地獄。
 しかし、今度は1フロア上がるだけだった。


「こちらの部屋でございます」


 案内人が荘厳な扉をノックした。返事があったようには思えなかったが、一礼したその人が扉を開く。重々しい音を立てた先、広がる光景は実に神々しいそれだ。


 赤と金を貴重にした、見るからにお高そうな意匠の家具。香でも焚いているのだろうか。どことなく甘くて、しかし清涼感のある匂いが鼻孔を擽る。人を怠惰な気分にさせるが、しかし緊張の糸が途切れる事の無い矛盾した空間。


 その中心に部屋の――引いては塔の主は鎮座していた。
 吊り眼がち、金色の双眸。艶やかな黒い長髪。何より目を見張るのは頭髪を掻き分けて生えている立派な角。有角族とはよく言ったもので、フェイロン以上に立派なそれは多数に枝分かれし、太くしなやかに伸びている。
 そこにいるだけで偉大な人物なのだと物語っているようで、珠希は背筋を伸ばした。そんな自分を余所に、客を視界に入れた彼女は目を薄く眇め、口を半月型に歪める。


「よく来た。なかなかの大所帯ではないか。良いぞ、賑やかなのは好きだ。この塔にまで来る客は少なくて、毎日退屈しておったのよ」


 ――ん? あれ……?
 いたくフレンドリーじゃないか? 弾むように掛けられた言葉には期待が散りばめられ、多少の無礼程度なら許してくれそうな緩い空気が一瞬だけ流れる。緊張が見せた幻だろうか。
 にんまり、悪戯っ子のような笑みを浮かべたリンレイが更に言葉を紡ぐ。


「そこの人間の娘。そなた、超能力などという変わった力を持っているそうだな? 妾にも見せよ」
「リンレイ様、後になさって下さい」


 ヤバイ絡んで来た、と思ったがフェイロンの巧みなフォローが挟まる。ややウンザリしたような調子に肝を冷やした。当のリンレイは肩を竦めている。


「そなた、相変わらず頭の堅い奴よのぅ。そなたの父はそれはそれは面白い男であったのに。母に似たのか? それとも、親とは真逆に育ってしまったのか? おお、嘆かわしい事よ」
「俺の事など良いのです。先に用件を済ませても?」
「よいよい。頭の堅いそなたに付き合っていては、肩が凝る」
「肩が凝るようなストレスなど無いでしょう。たまの仕事くらい全うなさって下さい。里の者がそれこそ嘆いておりました」
「あーあーあー! きーこーえーぬー!」


 巨大な角を振り乱して耳を押さえるリンレイ。これ大丈夫か。この人、本当に表向き賢者と呼ばれている偉人なのだろうか。不安になってきた。
 ちら、とフェイロンを伺うとスッと目を逸らされる。うちのパーティにおける有角族代表もこの調子なのか。あまり期待出来そうにない。到着する前は散々持ち上げていたけど。


「リンレイ様。急にお伺いしてすいませんでした」
「そなた、割と頻繁にギレットへ来るではないか……。口先だけの謝罪など要らぬわ。面白い土産も持って来てくれた事だし、まあ、そもそも暇しておるでな」


 ランドルが肩を竦める。彼もまたリンレイとは顔見知りのようだ。
 一通りの顔合わせが済んだからか、リンレイが姿勢を正す。半分寝転がっていたような状態から、しっかりと椅子に背を預けるようにだ。


「積もる話は後にしよう。フェイロンが煩くて敵わぬからな。では、用向きを聞こうか。大まかな事情は把握しておるが、規則でな。塔での会話は一応保存しておく必要がある。赦せよ客人」


 そう言って笑みを引っ込めたリンレイはやはり、千年を生きる有角族の長だった。貫禄がある。

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