トリップ女子高生はとにかく帰宅したい。

ねんねこ

01.

「この橋……徒歩で渡るんですか?」


 リオナ神殿を出て1日が経った。休み休み進んだせいか、ランドルの言っていたギレットという街に着くのが予想より遅れてしまったらしい。知ったこっちゃないものの、どういう体力配分で移動時間を予想したのか本当に疑問である。
 ともあれ、先が見えない長すぎる橋を見て珠希は上記の言葉を溢した。意外としっかりとした造りになっているその橋は、落ちる心配こそ無いもののゴールが霞んでよく見えない。相当長い橋と見た。


「渡ります。何、それ程長い橋ではありませんよ」
「視覚と聴覚情報が合わないんだよなあ……」


 珠希ちゃんは、と不意にダリルが呟く。その視線は不思議そうにこちらを見ていた。


「これが橋って事は分かるんだな」
「馬鹿にしてるんですか? 分かりますよ、流石に……」
「いや馬鹿にしてる訳じゃないさ。ただ俺は、初めてギレットに来た時にはこれが橋だとは思わなかったな、と思って」
「そうだよな! 俺も今、みんなが橋だ何だ、つってるからこれが橋なんだって思ったぞ!」


 ダリルの言葉にロイが便乗する。要領を得ない数々の言葉達にウンザリしていると、イーヴァが成る程ねと一人で納得したように首を振った。


「大陸にこんなに大規模な橋は無い。ここ以外には。それに、この大橋は召喚術の応用でここに置かれた物。ギレット近辺に住んでいなければ、これが橋だとは思えないかもしれない。私にも最初はこの橋が広い道に思えた」
「へぇ、そうなんだ。私、空港に行った時にこんな広くて長い橋、渡った事なんて何度もあるけれどね」
「珠希の住んでいた場所は建設技術が異様に進んでいるのね」
「まあ、それはカモミール村にいた頃から思っていたけどさ」


 気を取り直して、早速橋を渡り始める。しかし、足を踏み入れてから気付いたがこの橋には違和感しか無い。その正体が何であるかじっくりと考えた結果、1つの結論に辿り着いた。
 ――ここには車が通っていない。
 歩道ではなく道路を直に歩いているような体だ。だからこそ違和感を覚えたのだろう。慣れ従ってきた交通ルール、それに恋しさを覚える日が来るとは。


 ところで、とフェイロンが橋の話題には完全に飽きたように話題をするりと変えた。その視線はランドルに向けられている。


「リンレイ様はお元気でいらっしゃるのか?」
「ええ。元気溌剌が云々と毎回仰っていますね――」


 こちらこそ、ところで、と話題を変えたい。しかし、何やら口の挟みづらい身内トークのようなものが始まってしまったので仕方なしに手持ち無沙汰な仲間達に声を掛ける。


「ねえ、『リンレイ様』って結局誰? 有名人?」
「さぁ、私は会った事無いから分からない」
「有角族なんだろ。そこのお貴族様が畏まっているくらいだから、相当長生きの」


 イーヴァが首を振り、コルネリアがどこか皮肉っぽく推測を語った。どうやら彼女等も『リンレイ様』については知らないようだ。
 が、ここで意外な伏兵が口を開く。
 元・騎士団長のダリルだ。


「そういえば、俺がまだ師団長やってた時に一度だけ挨拶しに行ったっけな。ヴィルヘルミーネとはベクトルの違う美人だったが、明らかに有角族だったぞ」
「挨拶? 大丈夫かよ、ダリル。そういうの苦手なのに!」
「ロイ、俺だってやる時はやるんだよ。多分、恐らくきっと」
「ダリルさんが上手に挨拶できたかどうかはどうでもいいよ。で、今から会うリンレイ様って偉い人なんですか?」


 挨拶に行った、という時点で当時師団長だったダリルより偉い人に当たるのだろうが庶民としては今から会う相手がどのくらいのグレードを生きている富裕層なのかは気掛かりだ。知ったところで、所詮は庶民なので今更対策の取りようは無いのだが。気持ちの問題である。


「そりゃ、偉いだろうな。というか、王都があの人に恩があるって感じか。えーっと、挨拶して以降まるで会ってないからよく思い出せないけど」
「どういう感じで偉いんですか?」
「うちの大陸と有角族の橋渡し役っていうか、実質アグリアと大陸の橋渡し役だからなあ。そりゃ頭上がらないって。アーティアでは人間が幅を利かせているが、アグリアでは有角族が最有力種だからな。取り入ってて損は無いぞ、ってやつ」


 大人の事情満載の発言である。しかし、これでよくよく理解した。
 ――これ、粗相しようものなら物理的に首が飛ぶな、と。
 けれど、と更にどことなく困惑した調子でダリルが首を傾げる。


「1年前かな? 外交官役は辞めたんだよな。というか、交代した。俺は休職中だから誰が新しい外交官役に座ったのかは知らないけど。ランドルの話じゃ賢者ってポストに座ってるみたいだから、実質裏からの支配者的なアレになってんだろうけどさ」
「摂関政治かな? まあ、何だかよく分かりませんけど失礼な事をしたら社会的にも物理的にも死ぬって事ですね。把握しました」


 後ろ向きな珠希の発言に対し、ロイが力強く拳を握りしめて熱弁した。


「大丈夫だって! ダリルの挨拶で平気なんだから、黙って付き従ってる俺等なんて平気平気!」
「何だろうね、その凄い説得力は」



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