トリップ女子高生はとにかく帰宅したい。

ねんねこ

15.

 そのままルーニーは自然な動作で踵を返し、背を向けて駆け出す。まさか唐突に逃げ出すとは思っていなかったのか、目を白黒させたダリルがその背に声を掛けた。


「ああっ! ちょっと待て!!」
「えっ? お、追うんですか!? あ、でもそっちは確かフェイロン達が――」
「では追わなければならないでしょうね。彼女が加わった事で、あちらの形勢が逆転する可能性が浮上してしまいますし」


 逃げ出したルーニーを追わんとダリルが走り出し、そのまま芋づる式に珠希とランドルも続く。これは何をやっていたのだったか。思わぬ緊張感の無い出来事に首を傾げざるを得ない。


 ――ここで一つ問題がある。


「ごほごほっ! す、すいません、ちょっと……走る速度を、落として貰って……良いですか?」
「え? いや、珠希さん、貴方、体力がなさ過ぎませんか?」
「や、ホント文化部系で、走るの嫌いなんですよね……!」


 体育会系ダリルの走る速度に、全く持って追いつけない。というか、並走する事も出来ないし、むしろ段々と離されているのが分かる。自分と同じタイプだと思っていたランドルはそこそこ体力があるのか、まだ涼しい顔をしていた。
 ダリル達の事が気になりはするが身体が言う事を利かない。仕方が無いので速度をぐんと落とし、最早徒歩より遅い状態にまでスピードを落とし込んだ。
 隣に特に急ぐつもりも無いであろうランドルが並ぶ。


「いつも元気なので、運動は得意なのかと思っていました」
「得意じゃないですって。というか、元気だから体力もあるってとんだ偏見ですよ!」
「確かに。そう言われてみればそうかもしれませんね」
「……あの、ランドルさん。私の事は構わず、ダリルさん追っ掛けて良いですよ」
「え? 嫌ですよ。特に苦戦している訳でもないのに、召喚術を乱用するのは父の意に反しますし」
「父? 親も召喚師なんですか?」
「この場合の『父』はいと高き場所におわします――チープな言葉に変換するのなら、『神』だとか、そういう意になりますね」


 ――あっ、そっち系だったか……。
 よく分からない人間が触ってはいけない領域の話だった模様。それ以上は突きたくなかったので、珠希は口を閉ざした。


 そうこうしているうちに、信じられない体力と速度で駆けて行ったダリルの背を発見する。
 場にはルーニー、ファンメイ、ガーレイが揃い踏みしている他、フェイロンとコルネリアも変わらずいるのでオールスターズとなっていた。


「ダリル殿、珠希に会わなかったか?」
「え? ああ、俺の所まで避難しに来たよ。そういえば置いて来たけど……ランドルさんいたし大丈夫か」
「こう、お主は事戦闘になるとその他諸々が異常な程雑になるな」
「いやあ、悪い悪い」


 呑気に話をしているフェイロン達に生存を伝えるべく、大きく手を振る。コルネリアだけがノリノリで手を振り返してくれたが、残り2名は渋面だ。


「撤退するわよ、たまきちゃんよりアタシ達の命が第一よね。――って、フリオも言っていた事だし」


 逃げて来たルーニーが仲間2人へ向けてそう言い放った。特に未練のようなものは感じられず、諦念の空気すら漂っている。そのニュアンスに対し、フェイロンが眉根を寄せた。


「うん? 珠希はもうよいのか? ほら、誘拐でも何でもしてみせよ。逃げ切れると思うのならば」
「有角族……アナタの興味を削ぐ為に弁解するのなら、彼女の拉致は外注なのよ。資金稼ぎをする為の、お遣いに過ぎないわ。だから、残念だけれどアナタの知りたい情報は持っていないのよ。悪いわね」
「資金稼ぎ、か。ううむ、まあ、それを鵜呑みにする程我々も馬鹿では無い。主は何も知り得ぬのかもしれぬが、フリオはまた違うかもしれぬ。見逃す事は出来んよ」


 頭が堅いのね、とルーニーはうんざりしたような溜息を吐き出した。地面に転がされた事で盛大に砂埃の付いた髪を背中へと払う。
 見逃してやればいいんじゃね、とここで意外にも停戦の意思を示したのはコルネリアだった。


「フリオだっけ? と、ロイの確執はあたし達には直接関係が無い。当人間で解決するべきものさ。こいつ等が珠希を狙わない以上、仲間内の人間関係を無理矢理崩壊させる事も無いだろ。関係者が死ぬと引っ込みが付かなくなる」
「ほう? 主の口からそのように生易しい言葉が聞けるとは。意見が一転二転する、実に魔族らしい振る舞いであるなあ」
「あたしの言ってる事が正論だからって僻むなよ、みっともないぞ」
「は?」


 フェイロンはコルネリアの発言を『生易しい』と形容したが、そうは思わない。今ここでルーニー達を見逃してやらないのならば、殺害すると当然のように言ってのけているのだ。何て殺伐とした世界なのか。
 ――いや、そもそも大人数で囲んで袋叩きだなんて非人道的過ぎる。命が狙われている訳でないのなら、正当防衛にすらならないではないか。


「ねぇ、ルーニー、どうするの……?」
「え? 結局逃げれば良いのか? どっち向き? 右か、左か」
「何で左右の選択肢しかないのよ!」


 パッと再びルーニーが駆けだした。ただし、ファンメイは手ぶらではない。
 彼女はその手に、先程ランドルが使っていたようなカードのようなものを持っていた。流石に今さっき見たモノを忘れるはずもない。


「召喚術のあの、あれ、カードだ!」
「何ですか、カードって……」


 やや心外と言わんばかりのランドルの言葉だったが、誰もそれに構う暇は無かった。逃げ出したルーニーを追うように駆けだしたファンメイその人が、そのカードを宙に置くかのように手放したのだ。
 展開されていくゲートを見て、ランドルがフェイロンの背に言葉を掛ける。


「ゲートの処理を! そのゲートはアグリアと繋がっています!!」
「何!?」


 それが繋がっていたらどうなるのか、直ぐには理解出来なかった。しかし、フェイロンがやや慌てた様子でゲートを蹴り砕く。そうこうしている間に、異様に身軽だった混血3人組は姿を消していた。


「え? ……え、アグリアに繋がってたら、何?」
「もう昔に説明した話を忘れたのか、珠希よ。アグリアの大気は人間の脳の動きを止める働きがある。俺とコルネリアはともかく、主等にとっては有毒ガスと同じだ」
「ま、マジか……危なかったなあ」


 珍しく険しい顔をしたランドルが落ちていたカードを拾い上げる。描かれていた模様はさっぱり消えていた。


「違反召喚術式でしたねえ。しかもインスタント。使ったら消えるという仕様ですか……いやあ、虫唾の走る連中でしたよ。本当。混血だからとか下らない理由では無く、人格的な意味でね」


 ――ランドルさんブチギレじゃん……。
 真っ白なカードを見て顔を引き攣らせる様は控え目に言って引くレベルだ。



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