トリップ女子高生はとにかく帰宅したい。

ねんねこ

06.

「あ、スライムか?」


 キリキリと痛んでいた胃の事など忘れ、空気を読まずに呟いたダリルの方を見やる。彼はこちらなど見向きもせず、茂みの一点を見つめていた。


「スライム?」
「ほら、そこだよ。そこ」


 全然違う方を見ていたせいだろうか、思いきり頬を押されて首が変な方向に曲がる事も厭わず向きを変えられる。こう、何か危険がある時のダリルは少しばかり遠慮が無い。
 ともあれ、ようやく珠希はそれを視界に収める事に成功した。
 スライムとやらは地面ではなく、木に張り付いていたのだ。透明、ジェル状で薄くべちゃっと広がっている。木に張り付いていると言ったが、スライムが張り付いている木は黒ずんでいて、とても健康そうには見えない。


「珠希、あんまり近付くな。スライムは強い、細胞を壊死させる物質で覆われてる」
「ひえっ……」


 RPGなんかでは最弱のモンスターとして名高いスライム。しかし、ここではどうも勝手が違うようだ。そんなものに引っ付かれたら死んでしまいかねない。人間など所詮は弱い生き物。諸行無常である。


 わざわざ忠告を寄越したコルネリアだったが、顔を青ざめて退避する自分をクツクツと嗤っている。悪ノリで嘘を教えたのか、それとも単に反応が面白くて嗤っているのか。


「フェイロン、誰かが踏ん付けたり上から降って来たらまずいから燃やしておこう」
「燃やす!?意外とバイオレンスな発想をサラッと口にしますよね、ダリルさん!!」
「いや、こんな意思があるのか無いのかも分からない、そもそも存在理由さえ意味不明な生き物に対してバイオレンスも何も無いだろう」


 スライムに対して厳しめの評価。だんだん、木に張り付いているだけのビニール袋がびろびろしているようにも見える生物に対して同情の念さえ覚え始めている。
 ダリルにスライムを焼却するよう命じられたフェイロンが「うむうむ」、と鷹揚に頷いた。


「イーヴァ達が通り掛かるやもしれん。駆除しておくに越した事は無いな」


 言いながら、いつも魔法を使用する時のように手の平をスライムへと向けた、その時だった。コルネリアがやはりいつも通りのあっけらかんとした口調で作業を中断させたのは。


「まあ待てよ。珠希にやらせよう」
「……何故いきなりそうなる」
「どうせ急ぎじゃないし。ここいらでお前の言う通り、戦力増強の為にも珠希がどの程度使えるのかを確かめる必要があるだろ?なぁ、ダリル?」
「俺!?そういうさあ、胃が痛くなってくるような話題を俺に振らないでよ」


 となると、視線は自然に珠希の元へと集まった。
 斜め下を見ながら、視線を右往左往させる。どうしてこんな話になったのか、控え目に言ってコルネリアには後できつく言い聞かせてやらなきゃとか、様々な情報が脳を駆け巡る。取り敢えず、全ての元凶はコルネリアである。脳がそこまで情報を分析したところで、痺れを切らしたフェイロンが口を開いた。


「ええい、本人にやる気が感じられぬ。俺がサクッと駆除してやる故、そこを退け魔族」
「いいや、珠希にやらせる。本人だって戦闘の度にいつもお荷物なんじゃ、居たたまれない気分になってくるだろ!」
「そこの楽をこよなく愛すぐうたら人間が、戦う手段を一つばかり手に入れたところで、戦闘に参加する訳がないであろうよ」
「珠希だってなあ、こんなチャラチャラしてて頭空っぽそうな顔してるけどやる時はやるんだよ!」


「あの、ちょっと、私の事をさりげなくディスるの、止めてもらっていいすか」


 本人を目の前で大胆な人達だ。人じゃないけど。
 そんな彼等の面の皮はどこまでも分厚かった。陰口を堂々と目の前で叩かれたご本人の意見を華麗にスルー。


「なぁ、珠希。たまにはあたし達と戦場を駆け抜けたいだろ?」
「いいや、主はそのような行動力に溢れた人間では無いはずだ。そうだろう?」


 ――一つだけ。一つだけ言わせて貰おう。


「あの、私はダリルさん派で。こう、あれだよね。言い争ってると出るよね、人の本音ってやつがさあ」
「だからさ、俺にそういう重用な選択肢を振るの、止めてって言ったはずなんだけど」


 止めて、と言いつつも真面目に思案してくれるのがダリルの良い所だ。彼は、ポケットに手を突っ込むと1枚の硬貨を取り出した。


「じゃあもう、コイントスで決めよう。ぐずぐずしてられないし。表ならフェイロン、裏ならコルネリアの意見に従うって事で」
「え?いやいや、自分の意見を持ちましょうよダリルさん!」
「いや、俺はスライムを駆除出来れば何でもいいし……」


 意外にもダリルは器用にコインを親指で弾いた。そのままどこか手慣れた様子でコインを手の甲で受け止める。ぱしっ、と乾いた音が響いた。


「王都にいた頃は、こうやって部下の意見をどっちにするかよく決めてたなあ」
「よくそんなんで騎士団長なんて出来たよな、お前。人間って変な所が杜撰だわ」
「いや、多分俺が変であって、他はもうちょっとくらいマトモに軍を率いるから……。一緒くたにするのはちょっとな。ま、意見なんてどう転ぼうと任務を無事遂行出来れば一緒だって」


 脳筋発言を笑顔でかましてみせたダリルが手の甲に置いていた、もう片方の手を退ける。コインは――


「はん、あたしの勝ちだな。よーしよし、珠希、お姉さんと楽しいスライム駆除の時間だ」
「え、えー……。フェイロン、こんな事言ってるんだけど」


 反対派フェイロンに助けを求めたが、彼はコルネリアをチラと見て舌打ちを漏らしただけだった。



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