トリップ女子高生はとにかく帰宅したい。

ねんねこ

13.

 頭から血を流すロイの意識は完全に沈んでいたが、イーヴァ曰く「命に別状は無い」らしい。彼女、医学でも囓っているのだろうか。しかし、頭を強く打っているのだから無闇に動かさない方が良いだろう。
 戦々恐々としながら、背後を伺う。コートに付いた砂埃を払ったフリオが見据えるのはダリルだ。
 なお、フリオの隣にはルーニーが並んでおり、少し離れた所ではフェイロンが腕を組んで何か考え事をしている。怪我をしているようには見えないので、戦闘行為は中断しているだけなのだろう。
 フェイロンが生存している事を確認したフリオが舌打ちし、ルーニーを見やる。


「おい、結局どっちだった」
「左側の子よ。名前は確か――そう、たまきちゃん」


 ――ヤバイよヤバイ、これ。標的確実に私じゃん!
 声にならない声を上げ、頭を抱える。いったい自分が彼等に何をしたと言うのか。その辺にいる女子高生なんぞ攫っても大した身代金は用意出来ないぞ。それとも何か、この中で一番弱そうだから攫おうとかいう犯罪思考に基づいた結論なのか、それは。
 頭を抱える、その行動によってフリオもまた、どちらが『たまきちゃん』であるかを悟ったようだった。横柄に一つ頷くと、ダリルとフェイロンを交互に眺めている。どう看破したものか考えているらしい。


「骨が折れそうだな」
「けれど、アタシ達の当初の目的はこっちでしょ?アナタの親友とやらを叩き潰してノコノコ帰ったんじゃあ、ここへ来た意味がないわぁ」
「分かっている。どうだ、有角族の方は落とせそうか?」
「無理ね。アタシじゃ実力不足だわ」


 相談していたフリオは盛大な溜息を吐くと再び得物を緩く構えた。実に好戦的である。


「ダリル殿、先にあの親玉の男を叩いてしまおうか」
「おう、了解」


 フリオが疾走を開始した。片手に持った剣とは反対側の手に金色の文字が円形に編み込まれていく。精巧なイルミネーションを見ているような光景に、珠希は一瞬だけ自分の置かれた立場を忘れた。
 一直線にフェイロンへ突き進むフリオの進路を妨害するように、横合いから飛び出したダリルが持っていた大剣を真上から振り下ろした。踊るように右足を軸にして反転したフリオはそれを難なく躱す。この時点で意味が分からない原理だが、その間にもバームクーヘンのようにフリオの手にある術式は巨大化していっている。


「援護するわ」


 涼やかなルーニーの声と共に、剣を振り下ろした後のダリルへ火炎球が追撃。地面が抉られ、粉塵が舞う――その粉塵を斬り裂いて、ダリルが再びフリオへ直進する。火炎球とやらは当たらなかったのか、その疑問についてはフェイロンが左手に使用後の術式の残滓を纏っていたので解決した。
 ダリルの無傷を見届けたフリオが眉根を寄せ、かなり成長していた術式を起動する。


「ええ……!?」


 それは氷の壁を創り出した。厚さは数十センチにも及ぶ、水族館の水槽くらい厚さがあるんじゃないかと見紛う程の分厚い、氷の壁。
 それは上手い事フェイロンとダリルを引き離し、互いを視界の外に置いた。
 フェイロンだけが引き離され、壁を創り出した本人であるフリオと補佐のルーニー、そしてダリルだけが片方に寄っている状態。言うまでも無く2対1だが、壁の広さはそこまでないのでただ障害物があるだけで、フェイロンはすぐに追い付くだろう――


「え?」


 命が懸かった戦闘をしているはずだ。
 それなのに今絶対にフリオと目が合った。
 その行動の理由はすぐに知る事になる。
 術式を発動させてこれ幸いと無防備になったフリオへ大剣を振るうダリル。しかし、大味はそれは見た目に反して機敏に動くフリオを捉えられない。
 ただし、壁を越えたフェイロンが姿を現したので戦局は最初の状態に戻ろうとしているが――


「ルーニー!有角族!」
「え?ええ!」


 後方で再び魔法を発動させようとしていたルーニーは明らかに標的をダリルとしていたが、フリオの一言により、今出現したフェイロンへと掌が向けられる。
 今度は水球のようなものがフェイロンへと飛来したが、驚くべき事に彼はそれを腕の一振りで叩き落とした。ルーニーが僅かに目を見開き、息を呑む。


「ちょっと!アタシにはあんなの止められないわよ――」
「撤退しろ」


 そうフリオが言った瞬間だった。ルーニーが魔法を無駄撃ちした事で手が開いたフリオへ襲い掛かったダリルへ向かって、フリオが手に持っていたロングソードを投げつけたのは。
 流石に予想外だったらしいダリルがギョッとして立ち止まり、真っ直ぐ顔面に切っ先を向けて飛んで来たそれを自身の大剣の腹で受ける。
 再びフリオと目が合う。
 もうどうしてさっき、彼がこちらを見ていたのかは理解した。ダリルが体勢を立て直すより早く、信じられない速度で走るフリオが目前に迫っているのを確認した珠希は打つ手もなく硬直した。

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