トリップ女子高生はとにかく帰宅したい。

ねんねこ

11.

 何か破壊的な音がしたので、ロイ達の方へ視線を移す。
 実際に肉眼で見る暴力シーンと言うのは新鮮であり、同時に眩暈がする程強烈なものだった。
 すでに1匹倒れたウルフマスク改め人狼は流した血で地面を赤く染めている。
 そんな人狼の傍らに立っていたダリルが身体を反転させた。一番に仕掛けたのはダリルだったようで、状況について行けていないのか人狼達は軽くたじろぎ、硬直してしまっている。
 あのどうやって使うのか分からない大剣。どうやら腕だけで振るっているのではなく、銃身の動きから果てには遠心力まで考慮して動いているらしい。
 左足から右足への重心移動を恐ろしく滑らかに行ったダリルの大剣が右端に立っていた人狼の胴を一閃する。パッ、と赤い鮮血が周囲に散った。2匹目の人狼が地面に伏して、ようやく人狼側が動き始める。
 何かよく分からない叫び声を上げ、無防備なダリルへと突進。すでに人の皮は剥がれ、獰猛な獣の姿を晒しているそれの牙が、或いは爪が迫る。


「ダリル、俺が!」


 叫ぶが早いか、ロイが一足で間合いを詰め、持っていた槍を突き出す。全力疾走する人狼の勢いに負けたロイが持っている槍ごと引き摺られたが、その間にダリルの方は体勢を持ち直していた。
 ――と、ここまで状況が動いたのを見届けたフェイロンがトコトコと呑気に歩いてこちらへ戻って来る。


「どうしたの、フェイロン」


 イーヴァの問いに対し、彼は態とらしく肩を竦めた。


「いやな、もう決着しそうだった故、戻って来た。俺もここで観戦させて貰おう」
「あなたが行けば、もっと早く終わるはず」
「そもそも俺は個人行動の方が得意なのだ。下手に魔法を使ってロイ達を巻き込んでは事だ」
「あまり使わないでしょう?」
「あの長物に俺が巻き込まれる事故が起きる可能性も――」


 のらりくらりとイーヴァの言葉を躱していたフェイロンが不意に「おや」、と声を漏らした。


「随分と静かではないか珠希。まあ、夜も遅い。眠くなるのも分かるが、俺以上に緊張感の無い奴だとは思わぬか、イーヴァよ」
「……いや、顔色悪い気がする」


 ――はっきり言おう。
 今まで気にした事も無かったけれど、リアルスプラッタには耐性が無かったらしい。それに、自分はどちらかと言うと動物愛護団体よりの思考回路だ。如何に二足歩行とは言え、狼が無惨に殺害されているのは心に来るものがある。
 とはいえ、彼等人狼も人間を使った料理でパーティするような思考回路なのだが。


「珠希?大丈夫?」
「……ううん。死生観について考えてたら、何故生き物は生まれ、苦しみながら生き、最後には死んで行くのかって命題に辿り着いただけ」
「重いわ!今の一瞬で何があった!?……というか、その調子では如何にアーティアとは言え生きて行けぬぞ」


 話していたら気分が落ち着いて来た。ぬるま湯現代人には耐えられない光景だが、世の中は弱肉強食。仕方無い、そう、仕方無い事だ。


「イーヴァ!人狼の爪とか毛とか回収するか!?」
「あ、私も行くから待って」
「これで俺の武器、強化してくれよ!」


 ――前言撤回。現代日本で培った素敵で平和的な倫理観と道徳観が崩壊する前に帰宅しないと。
 倒した人狼を武器の素材に、などと度肝を抜く発言をかましてくれたロイ少年を尻目に、珠希は硬く誓った。このままこの世界で数ヶ月くらい過ごしていたら、日本へ戻った時に殺人犯なぞになりかねない。
 イーヴァが駆けていってしまったが、代わりにダリルが帰って来た。


「フェイロン、途中で抜けるならそう言ってくれ……援護頼む、とか言った俺が馬鹿みたいだろ……」
「すまんすまん。全く余裕そうだったので、先に戻ってしまった」
「事後報告は良いから、事前報告で頼む」


 立ち尽くす珠希に気付いたダリルが、いつも通りの気弱そうな笑みで「やあ」、とだけ述べた。
 いつも通り過ぎて、逆に絶句する。そのハロウィンより気合いの入った血化粧をすっかり忘れているに違い無い。返す言葉がちっとも思いうかばなかったので、「はは……」、という社交辞令丸出しの愛想笑いを返してしまった。


「あれ?何か具合悪そうだけど、大丈夫?」
「だ、大丈夫。人狼で武器の素材とは?っていう素朴な疑問にブチ当たったけど、答えは聞いてないんで答えないで下さい」
「答えないで下さい!?わ、分かった、じゃあ説明しないでおくから」


 考えるべき事があるな、と先程の巫山戯きった声のトーンを殺したフェイロンが呟く。その視線は村の出口がある方へ向けられていた。


「ここは村の中心部。人狼が5匹程度しか襲って来なかったという事は、出入り口に見張りを立てている事だろう。正面突破すべきか、別の方法を考えるか」
「そうなるか。しかもカモミールって確か1カ所しか出口が無かったはず」
「今、ここで我々を待ち受けていた人狼を片した事は向こうにも伝わっておるだろう。であれば、残りの人員をそこに配置しておるだろうな。骨の折れる事よ」


 盛大な溜息を2人して吐いたところで、機嫌の良さそうなイーヴァとロイが帰還した。ダリルが現状の説明を簡単にしたところ、聡明なイーヴァがこう提案する。


「抜け道があると思う。緊急避難経路とか、そんな感じの」
「探すの大変そうだなぁ。やっぱ、ここは正面突破だろ!」
「無茶」


 正直、イーヴァの提案に乗っかりたい。誰かが怪我するかもしれないし、何より精神教育によろしくないのでスプラッタな光景を観たくはないのが本音だ。



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