トリップ女子高生はとにかく帰宅したい。

ねんねこ

01.

 頭上から降り注ぐスポットライト。眩しさに目を細めながら、八代珠希は深々と一礼した。パチパチ、と無機質な拍手の音が響く。
 目の前の赤いクロスが敷かれたテーブルの上には銀のスプーンと白い真四角の箱が置かれていた。視界の端に写る手順の通りにまずはスプーンを手に取る。
 力を入れていない事を証明する為、人差し指と親指で緩く挟んでいるだけだとアピール。カンペを持っているお兄さんからゴーサインが出たのでスプーンを身体の中心まで持って来て目を閉じる。
 軽く力を込めるイメージ。
 何か形容し難い力が掛かったのを感じ、ゆっくりと目蓋を上げた。くたりと倒れたスプーンの頭が一番に視界に入る。
 一瞬遅れて、わっと会場が湧いた。それは態とらしくもあり、白々しくもある。会場の箸に立っていた、派手な出で立ちの司会が今起きた事を声高に説明するのを遠くで聞き、次の指示で我に返った。


「さぁ、続いては箱の中身当て!珠希ちゃん、その白い箱の中身は何なのか当ててみてください!正解すれば中身は持ち帰り出来ます!」


 カンペに従い、白い箱の前に移動する。ガリガリ、と中から不穏な音が聞こえてきていた。
 深呼吸し、目を閉じる。全神経が目の前の箱に注がれていくような感覚。バラバラだったものが一つに集約される過程を経て、静かに目を開いた。
 ――見える、箱の中身が。
 これは、カニ?


「えーっと、生きている、カニですね」


 永遠のようにも感じる間。まさか伊勢エビの方だったか、と変な汗を掻いた瞬間、司会の男が「正解!!」、と叫んだ。
 50メートルを全力疾走したような倦怠感に加え、照明の光で頭が茹だったタコみたいに感じる。珠希は深く息を吐き出すと、額に滲んだ汗を手の甲で払った。
 カット、という指示が遠くで聞こえる。照明の光が幾つか消され、少しだけ涼しい気分になった。


「良かったよー、珠希ちゃん!これって本当に種も仕掛けも無いの?ガチエスパー?」
「種も仕掛けも無いです」
「企業秘密って事か!」


 企画発案者の――名前は何だったか。山田さん?とやらが話し掛けて来た。彼は30代後半、まだまだ社会では青いと言われるくらいの男性だ。


「いやぁ、この企画、頓挫するんじゃないかと思ってたんだよね。女子高生超能力者・八代珠希!うんうん、まるでアニメの世界だ」
「そのキャッチコピー考えたの誰ですか……。いや、分かりやすくて良いと思いますけど」
「でもまあ、スプーン曲げとか箱の中身当てもそうだけど、『女子高生』がやってる事に意味があると思うんだよね。ほら、ヤラセとか流行ってるじゃない?」
「女子高生がヤラセやらないっていうのは違うと思います」
「そうじゃなくてさ、女子高生がこういう売り出して番組に出てる、って言うのが、売り」


 まだ学校生活で少しだけくたびれた制服を着ている、所謂学生がヤラセ感漂う番組に出ているのが視聴率を獲得している理由らしい。昔あった、少年2人が上手に手品をする番組。あれも小学生くらいの『少年』が手品をやるというのが目新しかったからか。
 ただ――誓って言うが、自分は本当に種も仕掛けも無い、持ち前の力でこの番組に出ている。現代日本では特にあっても無くても良いようなこの謎の才能を金儲けに使えるのなら、楽でよさそうだと思ったのだ。
 けれど、いつかは飽きられる日が来る。
 何せ、念力とかいうこの力は精々スプーンくらいの強度の物しかねじ曲げられないし、箱の中身を当てた透視だって、そうはっきりと視えているわけではない。輪郭や動きから、あの中身がカニだと推察したに過ぎないのだ。
 とても限定的で、これ以上の開拓が望めない。であれば、そのうち飽きられ忘れられるのは必然だ。
 とにかく、目標はあまり高すぎず。来る大学生活を遊んで暮らす為に、今のうちに貯蓄しておこう、とその程度の考えだ。


 ***


「お疲れ様でしたー」


 当てたカニを片手に、大きな声で挨拶してスタジオを後にした。
 生臭そうなのでバスには乗れない。途中でタクシーを捕まえよう。ついでに母親へ「カニを入手しました」、と簡素なメールを送る。
 タクシーに乗りたいので、大通りへ足を運ぼうと思い、角を曲がった。もう一つ向こうの道なら車がたくさん通っているし、タクシーの一台や二台、脇に止まっている事だろう。
 独特なリズムの鼻歌を淑やかに、しかし時には激しく奏でていた時だった。
 反対側の歩道に、三毛猫を発見した。思わず足を止めて凝視してしまったのは猫派の性である。
 どうやら猫は道路を渡りたいらしい。それは危ないんじゃないか、そう思って息を呑み、猫の動向を見守る。
 猫は意外にも強かで、左右の確認を一応はしているらしい。まだ遠いが、渡るのを躊躇するくらい近くに車がいるのが分かる。自分ならば車が通りすぎるのを待つが、猫はそうではなかったらしい。余程急いでいたのか、ガードレールの隙間を通り抜け、しなやかに駆ける。
 無難に渡りきるだろう。
 そう思い、ホッと胸をなで下ろした。
 しかし、珠希の予想を裏切る形で、あれだけ元気に飛び出した猫は道路の半ばでピタリと急に足を止めた。猫と目が合う。そうか、人間がいる事に気付いて、怯えて足を止めたんだ。
 自分の行動を反省するより早く、色々な事が一気に起きた。
 反対車線、猫が立ち止まってしまった車線を走っていた車の運転手が驚いて猫を避けようとしてハンドルを切った。車は派手に対向車線へとはみ出す。
 その対向車線を走っていた車が、飛び出して来た車を避ける為にハンドルを切る。
 ――全く事態に対応出来ず、突っ立っていた珠希の方へと。
 車の運転手と最後に目が合った。酷く驚いた顔をした若い女性運転手だ。
 グシャリと発泡スチロールの箱が潰れる音、自分の身体が車と背後の壁だか塀だかに挟まれて骨が砕ける音を確かに聞いた。その音を皮切りに視界が暗転する。
 カニ、食べたかった。まだ死にたくない。
 ざわめく周囲の喧騒を耳にしていると、思考さえ黒く塗り潰された。



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