サイコ魔道士の変遷

ねんねこ

09.種明かし

 イアンが目を細める。通常時の好戦的な笑みは形を潜め、ただただこの場に留まったルイスを見つめていた。ただ事ではない状況に、ジャックは何故か息を潜める。深く息を吸ってはいけないような緊迫感に満ち溢れていたからだろうか。
 一拍。一呼吸。
 長すぎるような、全く数秒であったような沈黙の後、先に口を開いたのはルイスの方だった。


「お前達に用があった」
「達? ルーファスと私にですか」
「いいや、イアン、お前と――後ろのジャックに」
「ジャック……」


 ちら、とイアンがリカルデの方を顧みる。どうすべきか考え倦ねている彼女の思考を遮るように、先に結論を述べる。


「リカルデ、ブルーノを呼んで来よう。もうこれ、俺ではどうにも……」
「あ、ああ。そうだな」


 及び腰のリカルデがルイスの様子を伺う。ゆったりと構えた王の血族はただ一つ、頷きを手向けた。


「ブルーノは呼ばずともここに来る。ただ、リカルデと言ったか? 席を外して貰って構わない。私はそれを追わないと約束しよう。いや、もっと言えば聞かない方が良いな。一度席を外して貰った方が良いか」
「……だそうですよ。リカルデさん、ブルーノさんはともかくチェスター殿には現状をお伝えして下さい。まあ、彼は聡明なのでここへまでは来ないかと思われますが」
「わ、分かった」


 顔を引き攣らせた騎士兵は、ルイスをもう一度チラと見るとゆっくりと背を向けて去って行った。そう、リカルデは今回の件に関係が無い。
 ――いや正直、俺まで用事がある理由訳分からないけどな。
 聞いてみよう。多分無礼とか言って急に殴り掛って来たりはしないはずだ。


「……なあ、何であんた、俺にも用事が?」
「それも今から話そう。頭を抱えたくなるような、込み入った事情がある。勿論、お前は何も悪く無い事だけは確かだが」


 身に覚えがほとんど無い。1つ、指さされる事があるとすれば自分がホムンクルスであるという事だ。ただまあ、この件に関しては周囲が濃すぎるので最近は割と忘れている事が多かったが。
 それについてであれば、「存在そのものが罪」などと言ってくる過激派なら問答無用で襲いかかって来そうなものだが何のつもりなのだろう。


 考えている内にリカルデが出て行った場所から、今度はブルーノが姿を現した。走ってきたのだろう。やや息が切れている。


「お、遅くなりました」
「走って来たのか、ブルーノ」
「はあ、急いで来いと仰せだったので」


 そう返事したブルーノは、ちらとイアンを一瞥した。含みがあると言うより、少し疑問があるような態度と言える。
 それを口にする前にルイスが揃った面々を見て、麗しい容の整った両目を眇めた。顔のパーツが完璧に整っているからか、彼の表情の動きは読み取りやすい。何を考えているのかは欠片も分からないが。


「必要なメンバーが揃ったな。一つずつ、種明かしをしよう。その点で言えば、ルーファスは良い行いをした。不明点を一つは明らかにしたのだから」


 目を伏せたイアンが組んだ腕を組み替える。彼女は恐らくルイス側だ。全てを知っているのかもしれない。


「――ルイス様、俺からも良いですか。ジャックはこの場に何の関係が……? ホムンクルス問題については、うちからは手を出さないって事でしたよね」
「ああ。その件については、いい。ただ」


 輝く紅い視線がこちらを向く。息が止まるような圧迫感にジャックは息を呑んだ。


「ただ、アレグロ帝国唯一のホムンクルス成功例。初めに会った時からずっと何かが引っ掛かっていたが、それが何なのか分かった。ジャック、お前の原動力は《ラストリゾート》だ」
「――……え? いや、ちょ、は? 意味分かんねぇよ」


 突拍子の無い言葉に思考が一瞬だけ止まった。ややあって、追うように理解が行き届き、ようやく言われた言葉の意味を理解する。ただし、言葉の意味は理解したが内容は一つも理解出来なかった。
 さしものブルーノも首を傾げているのが見える。


「えーっと、ルイス様。という事は、ジャックは俺達の同胞? いや、それは無いか……」
「混乱しているな。《ラストリゾート》である事は確かだ。紛い物でも、帝国が生産したラストリゾート・レプリカでもない。そしてこれは、ホムンクルスを研究していた研究者達にとっても予想外の出来事だろう。否、誰にとっても予想外の出来事だったのかもしれないな」
「――なあ、ブルーノ。俺の原動力がその、《ラストリゾート》だったとして、これ、誰のなんだ……?」


 最初にルイスは頭を抱えたくなる状況、と宣ったがその言葉通り、次はブルーノが頭を抱え始めた。当然である。彼はそもそも、今まさに直面している問題の調査に充てられた人員。仕事が倍の量に増えたも同然だ。



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