サイコ魔道士の変遷

ねんねこ

04.それで結局何がしたかったの?

 案の定、挨拶という殊勝な心懸けも余裕も無いのか獰猛な呻り声を上げたアルバンは他の面子になど目もくれず、一直線にリカルデへと駆けて行った。あまりにも無謀な特攻を前に、逆に面白くなってくるのが不思議である。
 非常に渋い顔をしたリカルデは彼が持っているのと似たような形状の騎士剣を素早く抜き放つと、迎撃の姿勢を見せた。応戦する腹積もりのようだ。


 悩ましげな溜息を吐いたイアンは、前衛と並ぶ事も無いなと野蛮な騎士達の打ち合いから距離を取る。物見遊山のつもりなのか、遠巻きにしていたブルーノとの合流に成功した。


「おーいおい、ありゃ止めた方が良いのか?」
「横槍を入れろと? 私達には関係の無い話のようですが」
「急に冷たくて驚いたわ! あー、でも、何か因縁っぽいな。手は出さねぇ方が良いのか……?」


 流石は人間の感性とは掛け離れた価値観を持つ人外。目の前で既に事が起こっているというのに悠長なものだ。


 ブルーノから視線を外し、件の2人を視界に入れる。リカルデに殺意は伺えないが、アルバンは彼女を殺害する気満々だ。とはいえ、先輩というだけあってリカルデの方に軍配が上がっているが。
 純粋な腕力そのものは男性であるアルバンが強いのだろうが、リカルデはその直線的な剣劇を受け流して完璧なカウンターを入れる。感情的な女性だと思っていたが、事戦闘においてはなかなかに合理的な動きをするものだ。


 同行者の意外な一面をボンヤリと眺めていると、少しばかりオロオロし始めたブルーノがなおも同じ話題を引き摺ってきた。その話は終わったのではなかったのか。


「おう、こんな事してる場合じゃねぇし、手伝わねぇか?」
「貴方が行けばいいのでは? 我々が二人掛かりで相手をするような人物には見えませんし」
「いや増援と見せ掛けて追い払おうぜ、つってるんだが」
「増援って私と貴方しか居ませんねぇ……」


 そもそも、自分達の存在を無視してリカルデへと熱烈に突っ込んで行ったのだ。邪魔は野暮と言うものである。
 薄ら笑みを浮かべたイアンは、手助けするつもりは無いと両手を揺らした。既に手持ちの得物はローブの下へ仕舞った、という意思表示である。隣でブルーノに盛大な溜息を吐かれたが、知った事では無い。


「アルバン、何をそんなに興奮しているんだ……」


 何とか説得を試みようとしているのか、リカルデは先程から後輩に宥めるような言葉を掛け続けている。最初は黙れだの、聞く気は無いだのと言っていたアルバンはしかし、最早無視。あまりにもしつこいので辟易したのだと思われる。


 リカルデが剣閃を躱し、返す刀でアルバンへと斬り付ける。それらは巧妙なダンスのステップかのように、延々と繰り返されていた。
 いい加減飽きてきた、そんな感情が不意に脳裏を過ぎったその時だ。
 凡庸の帝国制服を着た一介の兵士が乱入して来たのは。何の為に出て来たのかは分かっている。イアンの予想を全くそのまま覗き込んだかのように、兵士は思った通りの言葉を口にした。


「アルバン殿!! 撤退の命令が出ました!!」
「何!?」


 当然である。大半の兵士は片付けてしまったし、撤退以外にどうするつもりだったのか。彼女の後輩は少しばかりおつむが弱いのかもしれない。


 もう一度だけリカルデを睨み付けたアルバンはしかし、我に返ったのか盛大な舌打ちを一つすると施設の奥へと走り去って行った。随分とあっさり撤退したものである。というか、それより――


「追って、始末しなくて良いのですか? リカルデさん」
「は!? 急に何を言い出すんだ! そ、そこまではしないさ……」
「何故? あの様子では、バルバラさんのように行く先々で私達と出会うお相手になりかねませんよ。貴方が出来ないと言うのならば、私が今すぐ追って、叩いても構いませんが」
「い、いや、いい。イアン殿のお手を煩わせるわけにはいかないし……。それに、私の不手際だ」
「そうですが。ならば、とやかくは言いませんが。後々、面倒な事になっても知りませんよ」


 丁度そう呟いた時だった。背後からあからさまな、存在を主張するような気配を感じて振り返る。態とらしく肩を竦めたチェスターと、やや申し訳無さそうな顔をしたジャックが立っていた。
 ブルーノが首を横に振る。彼にしては珍しい、皮肉っぽい動きだ。


「おう、お前等、今更登場か? 良いご身分だな」
「悪い、ブルーノ。手伝うべきだとは思ったんだが……」


 歯切れが悪そうにそう言ったジャックは、チラチラとサボり常習犯の吸血鬼に視線を向けている。チェスターは貴族気質過ぎて、滅多と戦闘に顔を出してくれない御仁だ。今回の雑魚処理に彼が参加するはずがない。
 終わった話はどうでもいいので、イアンは素知らぬ顔をしている吸血鬼に訊ねた。


「室長さんのお姿が見えませんが、そちらを通って逃げ出してはいませんか?」
「さあな。少なくとも、表のドアは通っていないぞ」
「そうですか……。関係者用の緊急脱出経路でもあったのかもしれませんね。まさか、まだ施設に残っているなんて事は無いでしょうし」



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