サイコ魔道士の変遷

ねんねこ

03.帝国の研究所

 ***


 正午頃。ばらけていた仲間達が一旦集合した。手近な店でランチを食べながら、示し合わせたかのように経過報告を始める。


「そちらは何かありましたか?まさか、ただショッピングを楽しんでいたわけではないのでしょう?」


 イアンがそう訊ねた丁度その時、料理が運ばれて来る。彼女が頼んだのは海老クリームのパスタだ。よく見ると美味しそうな貝やイカなどが乗っているのが見て取れた。やはり海が近いので海鮮が美味しいらしい。
 何とかという魚のソテーやら空気を読まずにサンドイッチを頼んだブルーノやらの食事が揃って、報告会が再開する。


「取り敢えず、こちらは人魚村の情報を手に入れました」
「あー、人魚ね。人魚。あっちさんの話題はあんまり明るくねぇからなあ。ま、お前が持ってくる話題としてはしっくり来るが」
「それはどういう意味でしょうか。まあ、ともあれ身を隠すには打って付けですね。本物の人魚がいるのであれば、そこの村人は恐らく半不老不死のようなもの……脛に傷がある以上、我々が村人を全員残らず皆殺しても、村を焼き払っても咎められる事はありません」


 しーっと、ジャックは唇に人差し指を当ててイアンの声を落とすようジェスチャーする。一般の店で何を恐ろしい事を言い出したのか、彼女は。自分が店員だったらドン引きして関わらないようにする、そんな発言である。


 顔を引き攣らせたリカルデが、気を取り直すかのように――というか、聞かなかった事にするように話題を塗り替えた。


「イアン殿、婦人達がゲーアハルト殿の目撃情報について教えてくれた。バルバラ大佐が港町へいた以上、管轄を一度交代したのだと思われる」
「ええ、順当な結果と言えるでしょうね」


 俺も一つ良いか、とサンドイッチを手に持ったブルーノが割り込んだ。


「シルフィア村って所に帝国の研究施設があるって話を聞いた」
「それは有名な話だな。そうだろう、ジャック」


 リカルデに話を振られたので、大きく頷く。有名な話も何も、イアンと逃亡を開始した拠点に送られる前にいた場所である。故郷とも呼べるし、目覚めて最初の記憶は間違い無くあの施設の中だった。


「しかし、どうしていきなり研究施設の話を?俺が言うのも何だが、別に面白いところじゃないぞ」
「おーう、俺の目的をすっかり忘れてんな、ジャック。俺は帝国の情報を集めるって仕事を任されてんだ、研究施設が気になるのは自明の理ってものよ。それにまあ……リカルデが前に言っていた伝承種族専用武器のレプリカ――そりゃ間違い無く、俺達の持つ《ラストリゾート》の事だろうしな」


 現実的な話、と優雅にパスタをフォークで巻き取っていたイアンが手を止める。


「《ラストリゾート》のレプリカとやらを、形だけでも人間が真似て創り出す事は可能なのでしょうか。貴方達、《旧き者》が生まれ持っている性能を人が人工的に創り出すのなぞ、不可能に思えますが」
「んー、何とも言えねぇなあ。人間の生は驚く程に短いが、種の存続という一点においては他種の追随を赦さないレベルだろ?あいつら、長い目で見たら俺達より長く生きるんだよな。個ではなく集団の力ってやつ」
「否定はしません。受け継ぎ、変わる事で新しいものを創り出すのは、代がすぐに変わる人間の特権と言えるでしょう」
「そう。俺達、伝承種は個としては強いが、その反面新しいものを創り出すのは苦手だ。昔の風習が数百年単位で続くくらいだしな。それに――まあこれについては長生きする種にも言えるが、たまにいるだろ。天賦の才を持ってるような奴。俺の見立てだと、お前もそうなんだろうな。イアン」


 そこでブルーノはサングラスのブリッヂを押し上げた。肩を竦めているのがよく分かる。


「そういう天賦の才が生まれる確率も、生き死にを永続的に続けられる人間から生まれやすいんだよな。数打ちゃ当たる的な。アクリフォ大陸にもいたよ、アホみたいに天才の錬金術師が。親父がやってたギルドのメンバーだったかな」
「――成る程。であるからこそ、人が《ラストリゾート》のレプリカを生み出しても何らおかしな事は無いと?」
「おう、おかしくないね。少なくとも、俺が言ってる例の錬金術師がまだ生きていたなら、作ってたかもしれねぇ。ま、奴は人間だったし、もう寿命は尽きてるだろうが」


 ――その錬金術師とやらがもう死亡しているのなら、複製品を作られる心配は無いのではないだろうか。
 しかし、そこでブルーノが言った受け継ぎの話を思い出す。その錬金術師とやらに弟子がいれば、それがレプリカを完成させるかもしれない。


 それはそれとして。
 ジャックはわざわざ訊かなくても分かりきっている件について、確認と多少の止めて欲しい気持ちを込めた上で訊ねた。


「あー、ブルーノ。あんたは研究施設へ行ってみたいのか、結局」
「おう!正直、そこまで人間が《旧き者》に踏み込んで来るのはタブーだからなあ。ま、人にしてみりゃそんなもん知ったこっちゃねぇって話だろうが」
「そうか、行くのか……」
「あ、お前そういえば施設にいたんだったな……。場所さえ教えてくれれば、俺が一人で様子見に行くが」


 気にするな、とジャックは首を横に振った。
 それに、もう長い事メンテナンスを受けていない。身体の事は自分自身より、あの研究者達の方が詳しいだろう。素知らぬ顔で戻り、メンテを受けてまた姿を眩ます、なんて事が出来れば僥倖だ。


「俺も行くよ。ちょっと調べたい事がある。それに、案内人がいた方が良いだろ」
「案内人ねぇ、仲良しこよしでお家に呼ばれる訳じゃねぇんだが……」


 ――コイツ、研究施設へ行って何するつもりだ。
 その片鱗はあまり見せた事が無いものの、事任務になると割と過激派、ブルーノ。



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