サイコ魔道士の変遷

ねんねこ

12.ブルーノとリカルデ

 ***


「イアン殿……」


 バルバラと対峙しているイアンにすっかり気を取られているリカルデを尻目に、ブルーノはまんじりと残り物2人に視線を移した。


 獣人と魚人。ただし、魚人の方は後衛である事を誇示するかのように杖を握りしめている。憂鬱そうな顔を隠しもしない、小柄な青年だ。


 対して、獣人の青年はと言うと好戦的に瞳を輝かせている。完全に徒手空拳、獣人の野性的な一面を濃く持っているのは明白だが、仲間内に手の着けられない狂人が一人いるので彼に対して何か感じるものはなかった。まだマトモに見える、ただそれだけである。


 ――いやあ、若い若い。
 心中で苦虫を噛み潰したような気分に陥りながらも、最近はよく使っているメイスを取り出す。こんな物を全力で振り回そうものなら、イアンがいつぞや作り出したミンチをまた作ってしまいかねず、陰鬱な気分になってくる。


「よし、リカルデ。俺と組むか!」


 気を取り直して残された彼女に声を掛けると気前の良い女騎士は「了解した」、とやはり気前よく答えて寄越した。
 ただし、イアンが勝つにせよ負けるにせよ、バルバラとの決着をつけるまでの間、適当な時間稼ぎと洒落込もう。基本種族如きを相手に大人げなく「殺してやる!」、などという気持ちなど持てない。弱者をいたぶる趣味は持ち合わせていないからだ。


 自身の立ち位置を決めたブルーノは笑みを浮かべる。少しばかり挑発的な、ただし殺意などという物騒な感情は微塵も感じられないような、快活とした笑みを。


「ブルーノ、魚人の青年は後衛のようだ。魔法を撃たれるのは痛いから、先に後衛を潰してしまおう」
「おーう。分かった。ま、魔法くらいは俺が受けてやるから、何かあったらここまで戻って来いよ。人間サマの盾くらいにはなってやんよ」
「貴方は頼もしいな!」
「だろ?もっと誉めてくれたって良いんだぜ」


 魚人の後衛に視線を向ける。小柄な彼はひぃ、と情けない悲鳴を上げた。どんどんやる気が削がれて行くのを感じる。


「う、うわぁぁぁ……!!え、エイルマーくん!僕、狙われてますぅ!」
「大丈夫だろ、オマエみたいに弱っちい奴、狙われねぇって!」
「逆逆!弱いから狙われるんですよぅ!」


 ――流暢な言葉を喋るな。
 どこか独特な発音の仕方をする魚人だが、この後衛に限っては全く人間と同じ発音の仕方をしている。ハーフか。


 まあ、何でも良い。とにかく後衛だけは沈めておかないと。イアンの方に首を突っ込まれると面倒だし、放置しておけば後々何かやらかしそうだ。


「行くぞ、ブルーノ!」
「あ。おう」


 白い騎士剣をすでに抜き放ったリカルデが存外素早い動きで一直線に後衛を目指す。信じ難い身体能力だが、昨今人間は良い物を食べて体力が有り余っているとも聞くし、このくらいは当然なのかもしれない。
 危なっかしいので援護目的で様子見をする。可哀相な悲鳴を上げた後衛が恐縮しているような動きの割には手際よく結界を張った。
 それを見たブルーノは滑るように疾走を開始する。


「情けない声を出すな!貴様、それでも一兵士か!」
「うわぁあああ!?何だこの人、暑苦しい……!」


 リカルデの剣が結界をあっさり斬り裂いた。魔石剣なので、あの程度は障子紙を破るようなものだろう。
 しかし、それでも騎士の剣を一度無駄振りさせた事実は変わらない。
 もう一撃、後衛の青年へと剣を振り下ろそうとしたリカルデの横合いから獣人の青年が飛び出して来る。


「リカルデ、そのままそこにいな!」


 鋭い爪でリカルデへと襲い掛かった獣人をタックルで突き飛ばす。「ギャンッ」、という悲鳴を上げた獣人は結構な速度で地面を転がって行った。
 が、獣人の乱入で失速したリカルデの剣は虚しく宙を斬る。後衛の青年がやはり情けない声を上げながら全力で距離を取ろうと離れて行ってしまった。人の血が混ざっているようだが、やはり魚人は魚人。足腰が人と比べて強い。


 ともあれ、初期配置に戻ってしまった。何も状況が進展していない事に眩暈すら覚える。相手を叩き潰すだけなら簡単だが、それはそれで《旧き者》の矜持に反するし。


「すまない、ブルーノ。私が貴方の足を引っ張っているようだ」
「あ?いやいや、ンな事はねぇよ」
「ううむ……。後衛がいないと厳しいな。獣人の彼もフットワークが軽い、私はあれについて行けないだろう」


 イアン殿、と後衛を切望するような声を漏らしたリカルデはもう一度だけイアンの方を振り返った。彼女はと言うと、最早2対1。ジャックはマスコット状態である。


「ブルーノ、イアン殿を助けに行かなければ!私達は私達で、決着してしまおう!」
「お前ホント仲間思いだよな。あれは自業自得なんだから気が済むまで放っておきゃいいものを」
「そうは行かないさ!さあ、活路を開こう!」


 そう言ったリカルデは身体の真ん中で騎士剣を構えると、空いた手で何か複雑な文字を描き、更にはぶつぶつと詠唱のようなものを漏らした――


「あ?魔法?」


 数十秒で発動したそれは文字式となり、リカルデのブーツに纏わり付く。すぐに合点がいった、これは付与魔法。またの名を身体強化魔法だ。



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