絶叫除霊師ミソギ

ねんねこ

11.南雲と老人

 ――にしても、誰だコイツ……。
 識条と話をしている老人をそれとなく観察する。初老の男性で、何故だか非常に上品そうに見える。彼は南雲から見て背を向けているので、札の有無は確認出来ない。


 こうしていても仕方が無いので、今度こそ識条に話し掛ける事にした。赤札をチラつかせながらお願いすれば応じてくれるかもしれない。


「すいません、ちょっといいすか。そっちのお姉さんに用事があるんだけど」


 2人に声を掛ける。男女で話をしていたので、「お姉さん」と言えば当然の如く識条の方が反応した。彼女は少しばかり困った顔をしてこれ見よがしに視線で老人を指し示す。


「すいません、今ちょっとこの方とお話をしているので待って貰っても?」
「ああ、構わないよ。私より先に君が話すといい。用事があるのだろう?」


 識条美代は迷惑そうだったが、それを意に介した様子も無く老人は南雲にお話しする権利を譲ってくれた。その際、彼がこちらを向いたので全容が明らかになる。
 まず――どうやらこの老人、青札らしい。澄んだ色の札を首から提げている。同業者どころか、上司らしかった。全然知らない人だが。もしかして、余所の支部から来たのだろうか?


 何だか釈然としない、嫌な疑問が残ったものの、彼について考察している暇は無い。礼を言って南雲は識条美代に向き直った。


「それで? 君は……もしかして、トキくんと一緒に居た子ですかね? 私に何の用でしょうか」
「単刀直入に言って、樋川結芽に変な事を吹き込んだのアンタでしょ?」
「はい?」


 すっとぼけたような声を出す識条に苛立ちと焦りが募る。間違いなく関わりがあるはずなのに、しらばっくれる気満々だ。ここで逃してはならないと本能が告げている。


「とぼけたって無駄っすよ。アンタが樋川結芽と接触してるって事は、樋川結芽本人からしっかり言質取ってんだから」
「……へえ、そうなんですか」
「ただの小説家に怪異を生み出すなんて芸当が出来るとは思えねぇけど、今回の件についてアンタが何か知っているのは事実。仲間が戻ってこられなくなってるし、事情を聞かせて貰うからな」
「それは結芽さんが勝手にした事であって、私と関わりがあるとは到底思えないのですが。確かに私は彼女にインタビューという事で接触しました。けれど、貴方の言う通りそれで私が支部の皆様の手を煩わせるような事が出来るとでも?」


 話が平行線を辿る気配を察したのだろうか、横で意地の悪い笑みを浮かべながら会話の流れを見守っていた老人が口を挟んできた。偏見かもしれないが、彼の性格は多分きっと良いものではない。


「ふむ、埒があかないようだ。南雲、君は何をしに識条美代に話し掛けたのだったかね?」
「はあ? 何で俺の名前を知って……。つか、アンタも青札なら今の騒ぎくらい知ってるでしょ。昏睡状態の仲間がいるんだって」
「それを手助けするのが君の役割という事かね? だから彼女を詰問しに来たと?」
「そっすね」
「であれば、君がここに来た意味は無いな。怪異の除霊法は怪異の中だ。人間にかかずらっている場合ではない」
「それが分かんねぇから、こうやって外で活動してんだろ……」


 半ギレ状態で食って掛かると老人は態とらしい溜息を吐いた。いちいち腹の立つ男である。


「樋川結芽が視ている夢は夢という単語の本来の意味ともう一つ、ミソギに向かって視ている夢そのものだ」
「はあ?」
「つまり覚ましてやればいいのだよ。それが下らないただの夢でしかない事を懇切丁寧に説明してやればいい。夢を覚ますのは結局の所、変えようのない現実だ」
「夢……」
「そう。実に滑稽で悲劇的とも言える状態だな。人というのは面白い生き物だ」


 ――悪趣味なおっさんだな。
 彼もまた除霊師である以上、手元にあるスマホか何かでアプリを閲覧しているはずだ。だから自分達の名前を知っていてもおかしくはない。それにしたって、関わり合いになりたくはない人間性だが。
 そして同時に、この老人自体もこれ以上は南雲との会話を望んでいないのだろう。閉ざした口は固く、二度と開かれないのではないかという漠然とした確信さえ覚える程だ。


 ともかく、今得た情報をアプリで共有しよう。南雲は用心深く2人から離れると、その場でアプリを起動し情報をそっくりそのまま打ち込んだ。
 ――トキ先輩、頼むからアプリは見ててくれよ……!!



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