絶叫除霊師ミソギ

ねんねこ

02.ポケットの中の隠し事・下

 大人しくなったせいか、早々に三舟が話を切り出す。なお、ベーコンエッグが大変美味。


「今回の君達の仕事だが、怪異化したゲームデータの討伐だ」
「はい? ゲームの、データ?」
「そうだとも。まあ、その辺りの話は後にするとしようか。怪異の本質はデータだ。データの中に棲み着いた怪異ではなく、データそのものが怪異と言えばそれが正しい」
「かなり変わった怪異ですね。もしかすると、相手した事が無いかも」


 無い、と当然のように関わりを否定した三舟がコーヒーを煽る。何故だろう。彼は勝手に紅茶党だと思っていた。コーヒー党だったのか。どちらでも良いが、何故か気に掛かってしまった。


「意識不明者が続出しているオオヤマだ。逃す手は無いだろうよ」
「そんなにたくさん意識不明者が出ているのなら、ゲームって事ですしニュースになっていても可笑しくないんですけど。その辺はどうなんですか?」
「ソーシャルゲームを知っているかね」
「ああ、スマホとかでやる基本無料で課金するゲームですよね。私もやってます」
「発生元はそれだ。オンラインと言うのは、よくも悪くも同じゲームをしている者が多くてね。そういったトラブルを引き起こしやすい。そして、媒介がスマートフォンである以上、事が公になりにくいという事情がある」
「ええ? そうでしょうか……」
「正面に立っている人間が、スマホで何の操作をしているのかなど分からないだろう。ゲームのし過ぎで意識不明などという突飛な話も外部からは伝わり辛い」


 要は防ぐ手立て、公になりにくい要素があるという事か。よく分からない話になってきたので、適当に受け流す。自分が理解するには難しい話題だったようだ。


「ところで、三舟さんはどうしてそんな事を知ってるんですか? それが本当なら、機関の機密事項ですよ」
「敷島と仕事が被ってしまってね。まあ、君の使用権を折半する事になった。それだけの話さ」
「折半された私の話を誰も聞いてくれないという事実はどう受け止めればいいんですかね、一体……。大体、何で私が当番の時にばっかりこんな仕事が来るんですか」
「君と私が手を結んでいる事を、敷島の奴も知っているのでね。君をレンタル出来るうちに、目の上の瘤を片しておきたいのだろうよ」


 それにしたってハードスケジュール過ぎるが。流石の相楽も最近では、あまりの忙しさに困惑している節がある。このままでは神社へお祓いに連れて行かれかねない空気もある事だし、端的に言って勘弁して頂きたいものだ。


「というか、仕事が被ったって。敷島さんと三舟さんはどういった関係なんですか? 同僚?」
「ふん。私と奴が同僚に見えるのかね? 仕事の内容が被っているだけで、私が動いている理由と奴が動いている理由は別物だ」
「そういう事ってあるんですか。第一に、三舟さんと敷島さんって結構歳が離れてますよね。どういった経緯で知り合ったのかも謎なんですけど」


 再び鼻を鳴らした三舟は、とうとうミソギの問いを無視した。何て無礼な奴なのか。やや腹を立てていると机の上に小さな長方形の物体が置かれる。
 平べったくて、とても見た事のある形状。
 これは――USBか。淡い白色をしたそれは新品なのだろう。ツルリとしたプラスチックの輝きが煌々としている。まさに開けたばかり、傷一つ無い状態だ。


「これは……」
「対データ怪異用のデリートプログラムが入っている」
「……あっ、データだから。行けるって事ですね」


 ひょっとして普通の除霊より簡単に終わるのではないだろうか。淡い期待が胸で膨らむ。


「そしてこれは、スマホ専用の変換器だ。君のスマートフォンに直接USBを差し込む事は出来ないだろう」
「わあ、有り難うございます」


 更に変換器まで貸し出してくれるらしい。こちらも開封したばかりのようで、新品同様の輝きを放っている。


「これはウイルスを殺すワクチンのようなものだ。怪異が露出する前に使っても意味は無いのでね、必ず引き摺り出した上で使用したまえ。ああそれと、怪異は画面の向こう側に存在している。お得意の絶叫など意味は無いのでアテにはしない事だな」
「じゃあ、どのみち怪異とは一度対峙しなきゃいけないって事ですか」
「当然だ」


 ――じゃあ意味は無くても叫ぶだろうな、多分。
 情けない事を声高に言うのも格好悪いので黙っておいた。


「ああ、あと――敷島についてだが。君にUSBを持たせている事も、話が通っている事も知っている。君のサポートに回るはずだ。上手い事意を汲んでやってくれ」
「あー、このUSBは……」
「見つからないに越したことは無いな」


 オオヤマだと言っていた。つまり、機関側も多くの赤札を投入するという意味だ。自分が一人で行動出来る時間はかなり限られているどころか、無いかもしれない。一瞬の隙を突いてUSBを使用するという事か。
 怪異よりそっちが面倒臭そうだ、とミソギは僅かに目を細めた。そしてムクムクと膨らむ猜疑心にも似た感情。


「三舟さんは……結局、何のお仕事をしているんでしたっけ?」
「状況によっては教える。が、出来るならば知らない方が良いだろうな」


 ――こういう言い方も敷島さんと少しだけ似てるんだよね。
 この2人、多分知り合いとかいう軽い仲ではないだろうな。勝手に自己完結したミソギのスマホが不意にメールの受信を告げた。


 メールの差出人は相楽、内容は一足先に三舟から聞いていた支部に集合という旨だ。成る程、三舟老人の言葉は大当たりである。


「相楽さんに呼ばれているので、仕事に行って来ます」
「そうか。では、これで」


 もう何度も貰った茶封筒。中には、毎回目的地ぴったりのタクシー代が入っている。それを無言で受け取ったミソギは、そのまま振り返る事無くレストランを後にした。



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