絶叫除霊師ミソギ

ねんねこ

04.ホラー作家、美代

 ***


 機関が抱える支部の一つ。ツバキ組が運営するその場所にて、トキはゆっくりと流れて行く人波を見つめていた。今日、仕事に着いて来ると言った南雲はと言うと飲み物を買いに行ってしまった。


「すいません、少し良いですか?」
「……私に声を掛けているのか?」


 聞き覚えの無い女の声に眉根を寄せながら、視線を上げる。備え付けのソファに座るトキの真横に立った女の顔は、やはり見覚えの無いものだ。しかし、人の顔と名前を覚えるのが苦手なので、本当に初対面かと言われればはっきりと答える事が出来ないのだが。
 ニコニコと人の良さそうな笑みを浮かべた彼女はプレートを提げていない。機関に用事のある民間人だろう。受付へ行けばいいものを、と思いつつ続く言葉を待つ。


「私、識条美代という者です。しがない小説家でして……知らないですよね」
「知らん。で、何の用だ」
「実はホラー小説作家なんです!」


 あからさまに顔をしかめる。ホラー小説を否定するつもりは毛頭無いが、それらの媒介は端的に怪異を増やす要因となりかねない。職業柄、ホラー小説は忌避して然るべきものなのだ。
 そんなトキの変化になど当然気付かない識条美代と名乗った小説家は、嬉々として言葉を紡ぐ。


「ネタの提供に協力して頂けませんか? 何でも、警察が介入した――令嬢殺害未遂事件があるらしいじゃないですか。人間と怪異の触れ合い、本当の犯人……ああ! ネタに満ちています!!」


 すぐに何の事件か合点がいった。
 ミソギがやらかした、テディベアの怪異の話だろう。そういう感動裏ストーリーが本当に実在していたのか否かは興味がないので知らないが、同時に彼女へ提供してやれるネタも当然ない。
 いつもの癖で、トキはスッパリとその申し出を両断した。


「仕事で起きた事柄を外部へ漏らす事は出来ない。私に答える事は何も無いから、これ以上の事が知りたければ受付へ行け。仕事の邪魔だ」


 例の一件に関しては腑に落ちない事が多々ある。それも相俟って、いつも以上に無神経且つ言い過ぎた発言だったと気付いたが、一度吐き出した言葉を回収する事は出来ないので気付くだけに留まった。
 こういう言い方をすれば大概の人物はそそくさと逃げてしまうのだが、今回ばかりは勝手が違うらしい。怯んだ様子も無く、美代は目をキラキラと輝かせている。


「何か、腑に落ちない事がある……そんな顔をしていますね。やっぱり、何か面白いネタが――ね、私に協力して頂けませんか? 一緒にその腑に落ちない事、解明しましょうよ!」
「しつこいぞ。しない、と言っている」


 ――こういう言い方をされた時、人は心を動かされるものなのだろうか。
 ふとした疑問。身近にいる人物で例えてみるも、いまいちイメージは出来なかった。強いて上げるなら、ミソギは美代の発言に小さな戸惑いを見せそうだ、という事くらいか。


 一瞬、意識が逸れている間に美代の顔から笑みが消えていた。流石に気分を害し、どこかへ行くだろうと鼻を鳴らす。このまま去るかと思われたが、彼女は捨て台詞のようなものをぽつりと溢した。


「分かりました。今日は引き下がります。でも、ちょくちょく情報を持って行きますね。興味が出て来たら、是非!」
「もう来なくていい。何だって構って来るんだ……」
「あなたみたいな人、忌避される方は多いと思います。けれど、逆にあなたみたいな人って、仲良くなった後は良くしてくれるものですからね! では!」


 今度こそ、美代は足早に去って行った。受付に寄るかと思われたが、それをも素通りし、支部の外へと出て行く。何をしに来たんだ、一体。


 そんな小説家と入れ替わるように、紙コップに入った飲み物を2人分持った南雲が帰って来た。その目は美代が出て行った出入り口を不思議そうに見つめている。


「トキ先輩? 今の、誰っすか?」
「知らん」
「ええー? でも、話をしてましたよね。ミソギ先輩にチクちゃおっかなー」
「好きにしろ」
「何だ、マジで知らない人か……」


 知らない人認定の基準が意味不明だ。しかし、切り替えたように南雲はコップを渡してきながら伝言を告げる。


「そういえば、相楽さんが会議室に集合って言ってましたよ。これ飲んだら向かいましょう」
「別の仕事か」
「そーみたいっすね」


 コップの紅茶を一息に飲み干したトキはそれを握り潰す。最近、どことなく支部全体が騒がしいのはきっと気のせいではないだろう。



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