絶叫除霊師ミソギ

ねんねこ

08.お友達

「……で? これは何の騒ぎだ」


 一瞬だけ目を丸くした敷嶋は低い声でそう訊ねた。目が完全に据わっているのと同時、言動の端々に呆れが滲んでいる。ここで――というか、警官相手に嘘を吐いても仕方ないので、観念したミソギは起きた事をありのまま話した。
 どんどん敷嶋の眉間の皺が深くなっていく。
 事の顛末を聞き終えた彼はがっくりと頭を抱えた。


「前回の連中――トキも十束も、お前程のビビリじゃなかったからな。成る程、お前みたいなのも居るって事か」
「す、すいません……」
「チッ、自衛手段だっていうのなら仕方ねぇ。よく確認しなかったのも悪かった。で、本題に戻るぞ。山本が富堂夫妻を押し留めていられるのも時間の問題だ」
「あっ、私がしでかした事、既にバレバレなんですね」
「お前の悲鳴は屋敷中に響き渡ってるだろうよ」


 それはそれでかなり恥ずかしい。同僚の皆はそういうものだと割り切ってくれているが、自分が急に叫びだした時の依頼人の顔たるや、本当に申し訳無い気分になってくるのだ。


「テディベアの怪異――コイツが言っている事は真実か?」
「ええ、どうでしょう。少なくとも、麻央ちゃんに危害を加えたいようではありませんでしたけど」
「そうだろうな。ま、犯人の目星は付いてる。篠田だろうさ」
「え?」
「怪しいおじさん、つったんだろ。そのぬいぐるみが。富堂家の連中に娘を殺害するメリットは無い。まあ、現段階では逮捕令状出せねぇから、仮説を元に捜索を続けるがな」
「割と簡単に怪異の証言を証言として扱うんですね……」
「必要であれば、な」


 テディベアを拾おうとしていた敷嶋の手が、不意にぴたりと止まった。険しい顔で部屋のドアを睨み付ける。どうかしたのか、と聞こうと思ったがその事情はすぐに判明した。
 パタパタと落ち着きの無い小さな足音が、ミソギの耳にも届いたからだ。間髪を入れず、部屋のドアが開かれる。
 見た事の無い少女だ。しかし、それは間違い無く富堂麻央だろう。母親に目元がそっくりだし、この屋敷に居る子供は彼女だけだ。


 そんな麻央に誰かが何かを問う前、麻央が勢いよく口を開いた。


「テディをどうするの!?」
「あ……」


 すぐに用件を理解する。彼女は友達であるテディベアの怪異が気になって仕方なくなり、自室へ訪問して来たのだろう。彼女の声に仰向けに転がっていたテディベアがぴくりと反応する。
 何と釈明すべきか。悩んでいると、捲し立てるように麻央が言葉を紡いだ。


「テディは、確かに夜中に動くし、普通の人形とは違うけれど、私の友達なんだよ!? お姉さん、お化けを退治するんでしょ? お母さんが言ってた! お願い、テディの事、退治したりしないで!」


 歳の頃なら10歳以下くらいだろうか。流暢にそう言ってのけた麻央に対し、ミソギは困ったように口を噤んだ。敷嶋の視線に射貫かれる。


「おい。この怪異はどうなるんだ、除霊師」
「え? えーっと、そのぉ……」
「気にせず正直に答えろ」
「……いやあの、普通に人を襲っているようなので除霊処分かと」


 止めてよ、と麻央がヒステリックにそう叫んだ。しかし、それが何であれ人に危害を加えている以上、この怪異を放置しておく訳にはいかないだろう。
 ここは大人の男性である敷嶋にヘルプを要請しようと思ったが、実に間の悪い事に彼の携帯が着信を告げた。


「――ああ、どうした。山本。……分かった。すぐに向かう」


 退席してしまいそうな気配を察知。
 スマホをポケットにしまった敷嶋は高圧的に言い放った。


「悪いが先に山本の用事を片付けて来る。滅多な事はするなよ。取り敢えず、その怪異を処理するなり何なりしたら休んでいて構わねぇ。今日は泊まりだ。いいな?」
「……はい」


 もう一度だけ鋭い視線でこちらを一瞥した敷嶋は、身を翻して部屋から出て行った。残されたミソギと麻央の間に、息苦しい沈黙が満ちる。


「テディ……」


 呟いた麻央がお友達へと近付いて行き、軽々と持ち上げた。まさか例のテディベアが彼女に危害を加えるかもしれない、と身構える。
 しかし、当然ながらそんな事にはならなかった。どころか、そういう事態に陥るより胸に来る光景が繰り広げられる。
 ぐすっ、と麻央が鼻を啜る音。そして、愛用のブラシでぬいぐるみをブラッシングし始める姿に、胸が痛くなってくる。本当にぬいぐるみに対して、友愛の情を抱いていたのだろう。喋って動く、意思のある怪異だ。襲い掛かって来ないのであれば、友達になる事も可能なのかもしれない。


 ――どうしよう。可哀相になってきた……。
 酷く居たたまれない気分だ。彼女等の関係は、篠田が部屋に侵入しなければ侵害される事は無かったはずだ。その篠田が、一連の騒動の主犯格であるのならば尚更。彼女と怪異の穏やかな生活は今後も続いていたはず。
 それが正しい事であるのかは分からない。
 ただし、正しくない事であると断言出来る程でもない。
 世の中にはどちらにも属さない中立、または両義的という特性を持つ事象がごろごろと転がっているものだ。



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