絶叫除霊師ミソギ

ねんねこ

06.雨宮さん、ご帰宅です。

「――時間だな」


 腕時計を見ていた敷嶋が不意にそう漏らした。何の話だと思ったが、雨宮は合点がいったらしい。そんな彼女にガシッと肩を掴まれる。


「ミソギ、私は帰宅の時間だから。後は敷嶋さん達と頑張るんだよ、応援しているからね」
「えっ!? 雨宮もう帰るの!?」
「うん」


 しかし、時計は午後6時過ぎを指していた。いつの間にこんなに時間が経ったのか。敷嶋が玄関を親指で指す。


「外にタクシーを呼んでる。後は自分で帰れるな?」
「勿論。じゃあ、私は上がります。お疲れ様でした。じゃあね、ミソギ」
「ああうん、お疲れ……」


 泣く泣く雨宮を見送る。怪我をしている執事の篠田ではなく、富堂美保がそんな彼女を玄関まで送って行った。さて、と仕切り直すかのように敷嶋がソファへ座り直す。人の家で尊大な態度が過ぎるのでは。


「どうしますか、敷嶋さん。テディベアを調べますか?」
「どうなんだ、除霊師。今調べて分かる事はあるのか? あの部屋に篭もっている間、動き出したりはしなかったんだろ」


 2人の問いにミソギは肩を竦めて首を横に振った。不穏な気配はするのだが、あのテディベアは動き出す様子を見せなかった。どころか、ジッとこっちを見ているだけのような状況だったのだ。
 これらの状況から加味して、あの怪異は昼の間は動けないのかもしれない。弱い怪異はそういった兆候が見られたりもする。


「日が落ちてから、もう一度見に行く必要があると思います」
「呪具じゃないんだな?」
「はい。人形の方は、普通に怪異だと……」
「成る程。なら夜まで待つぞ、お前も今のうちにしっかり身体を休めておけ」


 ――いや、休めておけと言われても。
 そもそも業務は夜の方が多いので構わないが、人の家で夜中まで時間を潰すのはどことなく居心地が悪い。身体的には疲れないが、精神的にはぐったりと疲れる事請け合いだ。憂鬱な気分になってきた。しかも、ナチュラルに他人の家に泊まり込み案件となってしまったし。


 が、それを敷嶋に抗議する勇気は無かったので、小さく溜息を吐いたミソギは凛子の隣に腰を下ろした。今思えば、やることも無くてかなり暇だ。


 ***


 日が落ちた。山の中と言うだけあって、外は暗くなった事により一層不気味さを増していた。闇の中に何か得体の知れないものが潜んでいそうな、曖昧模糊とした不安。それを体現するだけの迫力はある。


 そんな中、敷嶋に呼ばれたミソギは客室を訪れていた。ずっと居た屋敷の方々の姿が見えないし、何なら凛子の姿も無い。何故呼ばれたのだろうか。


「えぇっと? 何故、私は呼ばれたんでしょうか……」
「静かにしろ。お前には今から極秘で調査を行って貰う」
「ええ? そ、そんな謎の大役、急に言われても。凛子さんか、敷嶋さんがやるべきですよ、ミスったらどうするんですか」
「馬鹿。俺達が行ったところで具合が分からねぇだろうが。除霊師に行って貰う必要があるんだよ。いいか、今から麻央の部屋に行って例のテディベアを調査して来い」
「それの何が極秘なんですか? そういうお約束でしたよね」
「時間をズラした。お前が本来、見に行く時間は午後10時の予定だったが、繰り上げだ」


 現在の時刻は午後9時過ぎ。人が多いからか、富堂夫妻は寝室へ。富堂麻央は別の部屋に居る。篠田もまた、与えられた一室で身体を休めているようだった。


「そうですか……」
「全然乗り気じゃねぇところ悪いがな、富堂麻央は一枚噛んでるかもしれん」
「呪われていた人なんですが」
「二重事件の可能性が出て来た。麻央が篠田に危害を加えているのなら、これも立派な逮捕案件って事だ。とにかく、理屈は良い。お前は今から行って、麻央の部屋を調べろ。くれぐれも屋敷の人間に気付かれるなよ。後、篠田と一人で出会った時は大声を出せ、誰かを呼べ」
「何故ここで篠田さんが……」
「アイツは怪しい。富堂家の中で、唯一の血が繋がらない部外者だ」


 ――いや、というか。
 ミソギはここで重大な問題に気付いた。本当は聞きたくない、しかし、聞かなければならない。それがただの確認行為だとしても。


「すいません、敷嶋さん。これって……まさか私一人で行くって事ですか?」
「は? さっきからそう言ってるだろうが。何だ急に……」


 痛む胃を押さえる。
 これが機関の仕事であったのならば、誰かに泣きついて一緒に行ってくれと恥ずかしげもなく懇願しただろう。というか、一人で行けとは絶対に言われないはずだ。しかし、彼等は謂わば余所の職場の人物。当然のように分かっていると何故か錯覚していたが、知らないのも無理はない。
 最近忘れられがちだが――自分にはホラー耐性が無い。動くと分かっていても、急にテディベアが動き出せば絶叫するだろう。つまり、秘密裏に調査は絶対に無理だ。


「おい、顔色が悪いぞ。何だ、呪具解体で疲れてんのか? あれは雨宮の仕事だったと聞いたが」
「いえ……。何でも無いです、行って来ます」


 除霊師の担当としてここへ来ているのに、その仕事を投げ出すのはまずい。しかも、この敷嶋、怖いなどという精神面を考慮してくれるようには見えない。
 呻ったミソギは、やはり胃の辺りを押さえた。

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