絶叫除霊師ミソギ
05.ベッド下
***
娘、富堂麻央の部屋に到着した。そこまで案内してくれた美保には外で待機するように言い、雨宮と中へ入る。凛子も着いて来ると言ったが、危険なので外待機にさせた。なお、敷嶋はロビーでお茶をしている。
「よし、早速調べようか、ミソギ!」
「そうだね。で、どう? 何かある? 変な感じとか。例のテディベアって多分これだけどさ、私には何も感じないかなあ」
「奇遇だね。私も、これは何だか違う気がするよ!」
正直、自分の感覚はアテにならないが、こういった気配察知能力に優れる雨宮がそう言うのであればそうである気がする。
「あれ、雨宮って特定条件は満たしてるっけ?」
「満たしていないね。けれどまあ、今日はそこまで重要では無いさ」
雨宮の特定条件は『データ収集』だ。物事に対して、知っていれば知っている程に霊力値を上昇させられる。今回の事件に関しては直前まで解析課からアナウンスが無かったので、雨宮の特定条件は満たせていない事になるはずだ。
ともあれ、麻央のテディベアをじっくりと眺める。人形特有のふわふわとした足と腕。可愛らしい顔立ちは、とても篠田が言うような凶悪な行動を取るとは思えない。手入れされているのだろうか、埃はおろか、毛並みも良い。ブラシが横に置いてあるのも見て取れる。
「随分と可愛がっているようだね。これは……怪異化していてもおかしくは無いかな。持ち主の執着も伺えるし。持ち主に負の感情は抱いていないようだから、篠田に襲い掛かった理由は全く分からないけれど」
「篠田さんが、実は麻央ちゃんによからぬ事をしようとしてたとか?」
「隔絶された空間なんだよ、ここは。そんな事をしたらすぐに篠田が疑われるに決まっているよ。彼、見た感じそこまでお馬鹿には見えないからね。堂々と娘に襲い掛かったりはしないと思う」
それに、と雨宮は僅かに顔をしかめた。
「ここじゃないどこかから、こう、悪意のようなものを感じるね。これは呪具で間違い無いと思う」
「テディベアの他に何かあるって事?」
「落ち着いて。よーく集中したら、ミソギにも分かるはずさ」
黙り込んでゆっくりと息を吸い、吐いてみる。徐々に雨宮の言う意味を理解しだした。これは、別の場所に別の何かが設置されている?
「――ベッド下かな? どう、合ってる? 雨宮」
「正解。さぁて、これは解体してしまって良いのかな?」
少し高めのベッド。大きなシーツが掛けられており、ベッド下が簡単に見えないようになっている。それを丁寧に捲り上げた雨宮は満足そうに頷いた。それは職人気質に似ている。自分の予想が当たった事への充足感だろう。
躊躇い無くそれを掴んで引っ張り出す。小さな祠のようであり、神棚のような形でもある。本来は神聖なそれだが、纏っている空気は禍々しい。
「ミソギ、凛子さんに呪具の解体作業を始めて良いか聞いてきてくれるかな?」
「りょ!」
素早く外に出て、凛子を捜す。彼女はすぐに見つかった。ドアの横、綺麗な姿勢で立っていたからだ。
「おや、ミソギちゃん。どうかしたのかしら?」
「呪具を発見しました。解体しても良いですか?」
「それは、そのまま保管する事は出来ないの? 設置者がいるのよね?」
「そうですけど、危険物ですし。処理した方が良いかと」
「それもそうね。お願いするわ。どのくらい掛かるの?」
「15分くらいですかね」
「そう……。なら、私は敷嶋さんに報告してくるわ。離れても大丈夫?」
「問題ありません!」
「分かった。それじゃあ、よろしくね」
カツカツとヒールの音を残して、凛子がゲストルームの方へと消えて行った。中へ戻って、事の顛末を雨宮に説明する。
「じゃあ、こっちも作業を始めようか。ミソギ、こっちを押さえてて。変にバラすと大変な事になるからね!」
「もっと深刻そうに言ってよ、雨宮……」
***
大方の予想通り、解体作業は15分弱で終了した。
「敷嶋さんに報告しに行こうよ、雨宮」
「そうだね。あ、このバラした部品も持って行かないと」
そこそこ量のある呪具の欠片達を持ってゲストルームへ移動。道を完全に忘れていたが、雨宮の的確なナビゲートで戻って来る事が出来た。
中では敷嶋と富堂家の主人、そして篠田がお茶をしているようだった。脇には凛子も控えている。優雅に足を組んでいた敷嶋が姿勢を正した。その目線は解体された呪具に注がれている。
「終わったか。で?」
「……いや、で? とは?」
「それはどんな効果のある呪具だったんだ。ベッド下にあったらしいな、富堂美保の隊長が心配だろうが」
「成る程」
説明を買って出たのは雨宮だ。彼女は嬉々とした表情で呪具のもたらす効果について語る。
「この呪具は一定範囲に影響を及ぼすものです。何日も掛けて一定範囲内にいる人間を衰弱させ、およそ一ヶ月で死に至ります」
「……ほう。完全に殺人目的じゃねぇか。なあ? 娘さんの体調は?」
その問いに対し、富堂秀秋は首を横に振った。
「体調が悪いという話は聞きませんが」
「そうでしょうね。まだ設置されて3日、4日くらいしか経ってないですし」
「そうなのですか? なら、怪異事件以降、娘は自室で眠っていないのでもっと短い期間になりますね」
――随分と都合が良い時期に暴れたんだな、テディベアの怪異。
その怪異が暴れなければ麻央はあの部屋で寝泊まりし、最終的には衰弱死していた事だろう。そう思えば、怪異事件はむしろ彼女の命を救ったのかもしれない。代わりに執事の篠田が大怪我をしたが。
娘、富堂麻央の部屋に到着した。そこまで案内してくれた美保には外で待機するように言い、雨宮と中へ入る。凛子も着いて来ると言ったが、危険なので外待機にさせた。なお、敷嶋はロビーでお茶をしている。
「よし、早速調べようか、ミソギ!」
「そうだね。で、どう? 何かある? 変な感じとか。例のテディベアって多分これだけどさ、私には何も感じないかなあ」
「奇遇だね。私も、これは何だか違う気がするよ!」
正直、自分の感覚はアテにならないが、こういった気配察知能力に優れる雨宮がそう言うのであればそうである気がする。
「あれ、雨宮って特定条件は満たしてるっけ?」
「満たしていないね。けれどまあ、今日はそこまで重要では無いさ」
雨宮の特定条件は『データ収集』だ。物事に対して、知っていれば知っている程に霊力値を上昇させられる。今回の事件に関しては直前まで解析課からアナウンスが無かったので、雨宮の特定条件は満たせていない事になるはずだ。
ともあれ、麻央のテディベアをじっくりと眺める。人形特有のふわふわとした足と腕。可愛らしい顔立ちは、とても篠田が言うような凶悪な行動を取るとは思えない。手入れされているのだろうか、埃はおろか、毛並みも良い。ブラシが横に置いてあるのも見て取れる。
「随分と可愛がっているようだね。これは……怪異化していてもおかしくは無いかな。持ち主の執着も伺えるし。持ち主に負の感情は抱いていないようだから、篠田に襲い掛かった理由は全く分からないけれど」
「篠田さんが、実は麻央ちゃんによからぬ事をしようとしてたとか?」
「隔絶された空間なんだよ、ここは。そんな事をしたらすぐに篠田が疑われるに決まっているよ。彼、見た感じそこまでお馬鹿には見えないからね。堂々と娘に襲い掛かったりはしないと思う」
それに、と雨宮は僅かに顔をしかめた。
「ここじゃないどこかから、こう、悪意のようなものを感じるね。これは呪具で間違い無いと思う」
「テディベアの他に何かあるって事?」
「落ち着いて。よーく集中したら、ミソギにも分かるはずさ」
黙り込んでゆっくりと息を吸い、吐いてみる。徐々に雨宮の言う意味を理解しだした。これは、別の場所に別の何かが設置されている?
「――ベッド下かな? どう、合ってる? 雨宮」
「正解。さぁて、これは解体してしまって良いのかな?」
少し高めのベッド。大きなシーツが掛けられており、ベッド下が簡単に見えないようになっている。それを丁寧に捲り上げた雨宮は満足そうに頷いた。それは職人気質に似ている。自分の予想が当たった事への充足感だろう。
躊躇い無くそれを掴んで引っ張り出す。小さな祠のようであり、神棚のような形でもある。本来は神聖なそれだが、纏っている空気は禍々しい。
「ミソギ、凛子さんに呪具の解体作業を始めて良いか聞いてきてくれるかな?」
「りょ!」
素早く外に出て、凛子を捜す。彼女はすぐに見つかった。ドアの横、綺麗な姿勢で立っていたからだ。
「おや、ミソギちゃん。どうかしたのかしら?」
「呪具を発見しました。解体しても良いですか?」
「それは、そのまま保管する事は出来ないの? 設置者がいるのよね?」
「そうですけど、危険物ですし。処理した方が良いかと」
「それもそうね。お願いするわ。どのくらい掛かるの?」
「15分くらいですかね」
「そう……。なら、私は敷嶋さんに報告してくるわ。離れても大丈夫?」
「問題ありません!」
「分かった。それじゃあ、よろしくね」
カツカツとヒールの音を残して、凛子がゲストルームの方へと消えて行った。中へ戻って、事の顛末を雨宮に説明する。
「じゃあ、こっちも作業を始めようか。ミソギ、こっちを押さえてて。変にバラすと大変な事になるからね!」
「もっと深刻そうに言ってよ、雨宮……」
***
大方の予想通り、解体作業は15分弱で終了した。
「敷嶋さんに報告しに行こうよ、雨宮」
「そうだね。あ、このバラした部品も持って行かないと」
そこそこ量のある呪具の欠片達を持ってゲストルームへ移動。道を完全に忘れていたが、雨宮の的確なナビゲートで戻って来る事が出来た。
中では敷嶋と富堂家の主人、そして篠田がお茶をしているようだった。脇には凛子も控えている。優雅に足を組んでいた敷嶋が姿勢を正した。その目線は解体された呪具に注がれている。
「終わったか。で?」
「……いや、で? とは?」
「それはどんな効果のある呪具だったんだ。ベッド下にあったらしいな、富堂美保の隊長が心配だろうが」
「成る程」
説明を買って出たのは雨宮だ。彼女は嬉々とした表情で呪具のもたらす効果について語る。
「この呪具は一定範囲に影響を及ぼすものです。何日も掛けて一定範囲内にいる人間を衰弱させ、およそ一ヶ月で死に至ります」
「……ほう。完全に殺人目的じゃねぇか。なあ? 娘さんの体調は?」
その問いに対し、富堂秀秋は首を横に振った。
「体調が悪いという話は聞きませんが」
「そうでしょうね。まだ設置されて3日、4日くらいしか経ってないですし」
「そうなのですか? なら、怪異事件以降、娘は自室で眠っていないのでもっと短い期間になりますね」
――随分と都合が良い時期に暴れたんだな、テディベアの怪異。
その怪異が暴れなければ麻央はあの部屋で寝泊まりし、最終的には衰弱死していた事だろう。そう思えば、怪異事件はむしろ彼女の命を救ったのかもしれない。代わりに執事の篠田が大怪我をしたが。
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