絶叫除霊師ミソギ

ねんねこ

03.車内での打ち合わせ

「今はどこへ向かっているのですか?」


 不意に雨宮がそう訊ねた。そういえば、和気藹々と会話していて忘れていたが仕事へ向かう車だ。どこへ行くのかは聞いていないが。そんな彼女の問いに対し、車の運転に集中し始めていた敷嶋は短く応じた。


「富堂っていう金持ちの家だ。山本、説明しろ」
「了解です。富堂家で起きた事件について説明するわ」
「お願いしまーす」


 よろしい、と何故か乗ってくれた凛子が助手席で大きく頷いた。


「富堂さんの家は妻、夫、娘の3人家族構成よ。それに加えて、給仕全般を担っている執事が一人雇われている。その執事、篠田さんが娘さんの部屋で怪異に襲われて大怪我をしたという事件の解明が、今日のお仕事」
「……え? いやいや、除霊師のお仕事ですよね。それ。警察の出る幕では無いような」
「人の仕掛けた呪いである可能性が高いとの事よ。何より、金持ちの一人娘だから……」
「苦しいですね。どこのドラマだよ、って話です」


 そう言った雨宮は失笑を漏らしている。被害妄想じゃないのか、というニュアンスを言外に含んで。
 が、意外にも敷嶋がそれについてポツリと意見を溢した。


「富堂の家は山奥にある。調べた結果、特に曰く付きの物件という訳でも、自殺者が多いとか変な噂のある山でもなかった。俺は純粋に人間がやらかした事件で、解析課とも関係が無いと踏んでいるがな」
「ただの人間事件って事ですか?」
「ああ。とはいえ、俺のこれは状況と電話口での声音を聞いた上での勘だが」


 ――話がややこしくなってきた。
 どうやら、警察サイドの前席2人は何となく起きた事件のカラクリについて思う所があるようだ。しかし、後部座席の自分達は何の事やらさっぱりである。


「どう思う、雨宮」
「どうもこうも、私達と彼等じゃ根本的な考え方が違うとしか。私達は相談者の話を基本的に鵜呑みにするけれど、警察側はその通報者でさえ疑って掛かっているよね? つまり、私達と彼等じゃ事の受け取り方が違うって事さ」
「ああ、そういう……」


 人間と人間がぶつかる、警察側が解決しなければならない事件では確かに雨宮の言った通りの考え方になるのかもしれない。一方で、人間と怪異が相対している場合には基本的に人間側の意見を全面的に信じる事になってしまう。
 害虫駆除の仕事をしている人が、害虫にも言い分がある、などと声高に叫ぶ事が絶対に無いのと同じだ。そこにある障害を取り除く、それが除霊師の仕事である。


 付け加えるが、と山道に入った車を完璧にコントロールする敷嶋がぽつりと溢す。


「お前達は犯人の特定はしなくていい。それはこっちの仕事だからな。やって貰いたい事は一つ。呪具の早期発見と解体だ」
「ああ、だから私に声が掛かったのか。安心して下さい。私は対呪具においてはそこそこ有能なので」


 同期4人の赤札の中で、雨宮は呪具の解体や発見に秀でていたのは事実だ。やれ数学が苦手だの、現代国語が得意だの、人間には個人差がある。そしてそれは、除霊師関係の仕事でも存在し、得手不得手を誰しも持っていると言えるだろう。
 すっかり失念していたが、そういえば雨宮にならば三舟と契約時に使ったあの『誓約書』が本物か否か、判別が付くかも知れない。


「その執事――篠田さんは現状、どうなっているんですか?」


 不意に雨宮が敷嶋へそう訊ねた。車のハンドルを握ったまま、器用に肩を竦めた彼は皮肉っぽく口角を釣り上げている。


「大怪我だったが、今は松葉杖で富堂の屋敷に戻っている。住み込みだから遙々戻って来たらしいが……。随分な度胸だな。まだ解決もしていない、自分が怪我した場所へ舞い戻って来るとは」
「敷嶋さん、そういう言い方は」
「良いんだよ、誰も聞いちゃいねぇ」


 凛子はぐったりと溜息を吐き出した。今の発言、本人達に聞かれていれば大問題である。


 ――と、緩やかに車が停車した。見れば、いつの間にか大きな屋敷の前に辿り着いている。そこそこ長い道のりだった。


「あ、着きました?」
「ええ。私と敷嶋さんが話をして来るから、少し待っていて」
「いや俺は行かないから、お前お邪魔して良いか聞いて来いよ。山本」


 ええー、と凛子は顔をしかめた。しかし、上司の命令は絶対なのだろうか。特に文句らしい文句は述べず、シートベルトを外して車外へ。そのまま屋敷のインターホンを押し込んだ。
 程なくして女性が出て来る。何を話しているのかは聞き取れないが、屋敷の女性は穏やかな顔で一つ二つ頷いているようだった。
 会話を終えた凛子が戻って来る。


「敷嶋さん、捜索開始して良いそうです」
「ああ。行くぞガキ共」
「いや、私達、子供って歳じゃ……」


 迅速に車のエンジンを切った敷嶋が意気揚々と車から降りて行く。置いて行かれないように、慌ててその背を追った。一方で、雨宮はゆっくりと屋敷の全容を眺めている。気配察知に長けている彼女の事なので、既に屋敷を取り巻く空気について思う所があったのかもしれない。


「雨宮?」
「ああうん、行くよ。何だか今日のメンバー、せっかちが多いね」



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