絶叫除霊師ミソギ

ねんねこ

07.一軒家

 ***


 母・町子と2人暮らしだった木山幸哉。つまり、町子が施設入りして以降は一人暮らしをしていた事になる。


「――だからと言ってこれは……どうなんですかね。ちょっと信じられませんけど」


 1階は実質駐車場。階段を上った2階の位置に1階がある家が木山幸哉の家だった。そこまではいい。しかし、階段を上った先にある小さな庭を視界に入れたミソギは分かり易く顔をしかめ、呟いた。
 そうせずには居られなかったのだ。
 これはどうしてこうなった?


 庭に散乱する粉々になった食器、寝具、果てには壊れた家電製品など、とにかくあらゆるものがこの小さな庭に転がっている。不法投棄に見えなくもないが、明らかにベランダから庭へ向かって投げ捨てられたそれはゴミ屋敷という分類とは別だろう。
 必要以上に破壊された――ベランダから庭へ、力任せに叩き付けたかのような後は不要物の処理に困ってやるものとは違う。ストレスの捌け口だとか、そういう意味合いが近い。


「うわぁ……。こりゃヒデェ。ミソギ先輩、足下とかガラスの破片があるし気を付けて下さいよ!」
「いやうん、分かってるけど。何だろうね、この、狂気的な感じ。凄く嫌な感じあるなあ。気味が悪いっていうか」


 おい、とトキが恐ろしい形相を向けて来る。


「口を慎め。一応、家主の方が被害者だ」
「トキの言い分もよくよく聞いてみれば失礼極まり無いんだよなあ……」


 家主がご乱心である可能性が高い。これは事件性など無い、自殺じゃなかろうか。探偵でも警察でもないので素人目線での予想に他ならないが。
 立ち竦んでいる除霊師組の方を振り返った凛子は、すでに玄関の戸を開けていた。ドア式ではなく、スライド式。家の見た目からしてもかなり古い家だ。


「こっちだよ。大丈夫? 気分が悪いのなら、収まるまで待つけれど」
「い、いや大丈夫です」
「本当に? 正直、中の方が空恐ろしいと私は最初にそう感じたから。無理せず駄目そうなら声を掛けてね」


 それはどういう意味なのだろうか。予想が全く付かないまま、凛子の後を追う。トキも今回ばかりは同行するようだ。南雲の後ろ、最後尾を着いて来ているのが伺える。


 まずは玄関を越え、室内へ。最初に鼻に着いたのは仏壇特有の、お線香の匂いだ。勿論、家に誰もいないので火を使う線香は立てられていない。玄関を入って右の部屋に大きな仏壇が置いてあるのが見えた。
 床は畳。所々黒ずんでいる。カビだろうか。


 仏壇の部屋の反対側にはリビング。画面の割れたテレビが置いてあり、季節外れのコタツが置いてあるのが伺えた。


「凛子さん、まずは長男さんが倒れていた現場を直接見たいです。痕跡から、呪詛かどうか分かるかも」
「分かった。……ところで、何か気配とか感じない、ミソギちゃん?」
「え? え、何ですかその怖い感じの疑問」
「どうと言う事は無いのだけれど、木山幸哉の親戚が数名、私達の前にここへ来ている。霊感のある親族とやらが居たらしいのだけれど、『何か居る』と言っていたそうよ」


 ――それは絶妙に何とも言えない話だ。
 何せ、浮遊霊程度の雑魚霊は、恐らく自分が喋り、声が届く範囲にいる時点で溶ける。この家は決して小さくは無いが、場所によっては到達する前に無かった事になってしまう可能性があるのも否めない。


「え、えーと、ちなみにどの辺に……?」
「町子さんの寝室よ。大丈夫、家の構造的に通る事になるから」


 それにしても、家の中はとても数日前まで人が住んでいたようには感じられない。長くメンテナンスせず、放置していた家のようだ。大きさも普通の一軒家と比べて大きいので、尚更廃墟感が強くなっている。
 リビングを通り抜け、風呂やトイレのある生活スペースへ到着した。ここに来て初めて線香以外の匂いが鼻を通り抜ける。何だろう、この臭い。水が腐っているような、不快臭だ。


「何かニオイませんか? 俺、わりかし鼻は良い方なんすけど。え、気のせい? 凛子さんがこえぇ事言うから?」
「私のせいにするのは止めてもらおうか。トイレと風呂じゃないかな。水を流していないようで、変な虫がわいていたし」
「うえっ、マジかよ!」
「南雲ッ!!」


 不快感をあらわにした南雲をトキが素早く咎めた。保護者かよ。
 このままでは話が進まない。


「凛子さん、それで現場は? 何だかもうすでに、凄く嫌な感じするなあ。ここじゃなくて、もうちょっと違う部屋」
「え? ここがその現場だよ。木山幸哉はトイレの前に倒れていたのを発見されたんだ」
「発見された、って。その、長男さん、一人暮らしなんですよね? 誰が見つけたんですか?」
「地域ボランティアの職員さん。一人暮らしや高齢者の住む家を月に1、2回訪問して変わりは無いか聞いていたとの事よ。インターホンを押しても誰も出て来ないから見に行った」
「なるほど」
「それに彼は持病を持っていてね。職員のレッドリストにも載っていたから、直ぐに家の中を見てみる事になったようだ」


 仕事をしなければ、とミソギはトイレ付近にそろりと近付く。心なしか、腐臭のような臭いがしてくるようで一瞬だけ足が止まった。
 異様な空気。禍々しく、何かにじっとりと見られているような気配だ。これは除霊師の研修時代、一度だけ目の当たりにした。呪術研究の講義の時に、研修教師が持って来た呪具の気配だ。



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