絶叫除霊師ミソギ

ねんねこ

08.悪いの誰だ

 こちらの表情を伺う事もせず、無言で足早に雨の中を進んで行く三舟の姿を見ながら、3年前の風景を思い返す。
 十束がやらかした事に関しては全く詰る気も無ければ、怒りのような感情も湧いて来ない。自分が同じ立場であったのならば、動けなくなった者は恐らく最初に斬り捨てているだろうからだ。あの雨宮を祠まで背負って逃げようとした、それだけで英雄扱い出来る程に彼は頑張った、それだけである。


 トキは何故か十束をよく叱咤するが、ミソギにそんな気持ちは無い。あるのは、責任を肩代わりさせたという罪悪感だけだ。
 本当に人でなしと罵られるべきはミソギ自身である。


 ***


 そのぎ公園の観光者向けパンフレットに載らない場所がある。地図上では綺麗に削り取られたその場所は後ろに山を負っており、近付く人はいない事だろう。
 その為、ミソギとトキがその「地図上には無いが、確かに存在している区画」に迷い込んだ時に初めて足が止まった。どこだか分からなくなり、どちらが公園の出口であったのかを一瞬混乱したからだ。


「不気味な場所に来ちゃったね。どっちが出口だろう……。雨宮と十束も無事かな」
「他の心配をしている場合か。おい、それを寄越せ。どこだここは……」


 トキにパンフレットを渡したミソギはスマートフォンの画面を点ける。残念ながら圏外。完全に異界に取り込まれている事を悟り小さく溜息を吐いた。アプリは便利だが、如何せん電波が立っていなければ使い物にならない。


 地図を睨み付けているトキを尻目にミソギは耳を澄ませる。霊感値が低いトキには、どうやら怪異達が発する言葉を聞き取れないらしい。あの人の物とは思えない呻き声も聞こえないようだ。羨ましい限りである。
 とはいえ、相手は集団戦を仕掛けて来る怪異だ。もう一時は遭いたくない。トキや十束のように体力オバケではないので直に体力が尽き果ててしまいそうで恐ろしいし、単純に見た目が怖い。


 周囲に警戒していると、木々の間から古びた板の建物がある事に気付いた。ゆっくりと立つ場所を変え、全容を確かめる。


「ねぇ、トキ。あれって祠じゃない?」
「祠? 何が奉られた祠だ」
「そこまでは分からないよ、結構離れてるし。割と大きいなあ。人は簡単に入れちゃいそう」
「それは小屋ではないのか?」


 縄張ってあるし祠でしょ、そう反論しようとした言葉が止まる。
 自分達以外の話し声を耳が拾った気がしたのだ。誰なのかは二つに一つ。仲間か、怪異かだ。


「うごけない……ほこら……あ……やが……」


 ぶつぶつ、ぶつぶつ。
 これは仲間じゃないな、トキに伝えようとしたがそれは阻まれた。意味の無い文字の羅列が、怪異が近付いて来た事で意味のある言葉へと変わる。


「動けない女が……祠に……あれは……アメノミヤ……」


 ノイズに混じって確かに、人が理解しうる言葉になる。それは怪異・コモンズが近付いて来ている証拠だった。
 というかアメノミヤ、とは雨宮の事だろうか。ニュアンスが似ているというか、彼女の仕事名はアメノミヤとも読めるかもしれない。


「トキ、怪異が近付いて来てるかも、逃げよう――」


 いや待て、コモンズの言う事が正しいのならば雨宮が祠にいるのかもしれない。動けない、という意味は分からないが怪我でもしているのだろうか。それとも、怪異達の以外にも高度な作戦?


「おい、何をぼうっとしている!」
「え、あ……」


 すでに肉眼で捉えられる位置にまで近付いて来ている怪異。それと、祠を見比べる。雨宮がいるのならば助けに行くべきだろうが、果たしてそんな事をしている状況だろうか。
 祠には数体の怪異が群がっている。更に、自分達の横を通って数体の怪異が追加される事だろう。
 トキに事情を説明すれば恐らく雨宮がいるかもしれないあの祠へ特攻する事になる。


 では――このまま、祠とは反対の方向へ逃げた方が良いのではないか?
 あんな数の怪異、動けない仲間を連れて相手になどしていられない。全滅する。正直な話、幾ら叫ぼうが喚こうがびくともしない怪異を相手にする気力は限り無くゼロに近かった。


「ミソギ?」
「あ、ああ、逃げようか」


 ――トキにはさっきの怪異達が言っていた情報は話さないでおこう。
 この瞬間、確かにそう決意した。もう怪異の群れに突っ込む気力は無かったが、それ以上に少しばかり向こう見ずな面のあるトキにそんな情報を与えれば最悪の事態になりかねない。


 言い訳しようもなく雨宮と自分にトキ、それら全てを天秤に掛けたミソギは薄く笑みを浮かべて言った。


「あの祠、怪異が集まってると思って。危ないから近寄らないようにしようよ、トキ」


 恐怖とは別の理由で心臓が早鐘を打つ。冷えた指先で、祠を振り返る暇など与えないようにトキの腕を引いた。


 ***


 自分がやらかした事の罪深さに気付いたのは、あの後、十束と合流したその時だ。怒り心頭と言った体のトキを見て、完全に言い出す機会を失った。十束には情状酌量の余地があったが、自分には無い。
 更に雨宮が行方不明になった時には心臓が止まる思いをし、見つかったと聞いた時は心底安堵した。そして意識不明である事を知った後は苦い罪悪感だけが残っている。


 十束は悪く無い。どころか、逃げ出したミソギの失態まで被っていると言ってもいいだろう。彼の顔を見る度にやってしまった事の重大さを思い知らされるようで、アメノミヤ奇譚以降の関係性が希薄になってしまったのは悪いと思っている。


「三舟さんって、何でも私達の事を知っているんですか?」
「何でも、というのは誇張しすぎた表現だな。しかし、君達の身内のような認識より私の客観的な認識の方が、君達をより正しく理解しているとは思わないかね?」
「そうですね……。身内同士だと、イメージが固まっちゃいますもんね」
「……なんだね、急に」
「いいえ」


 ――私の事を理解しているのは私だけだ。
 三舟の態度を見て、そう確信した。多分、この人は私が本当に嫌がる事は出来ないのだと。



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